第3話 地上の死を見る花
地下壕から1キロ離れた丘の場所に、その松の木はあった。
小さな家が木の上に建てられており、蔦が入り口から垂らされている。
蔦をつたって、ローズが上る途中に世界がどうなっているか見えた。
そこら中が大木の太さはある根っこに覆われており、その風景がずっと地平線まで続いている。草木は根っこになぎ倒され、その隙間からかつて家だったであろう、白く朽ちた藁ぶき屋根がいくつも倒れている。
ただ、町の中心だったであろう大聖堂だけが根っこに覆われながらも、石づくりの力強さを見せ、倒れずに残っている。ステンドグラスのバラ窓が、きらりと太陽光に反射されて見えた。
「この世界、終わってるんだわ」
母の銀銭花が言っていたことをローズは思い出す。
悲劇の怪物の元である根っこから、蟲が生まれると……この第一層の世界は、すべてその根っこに覆われてしまっているのだ。
それは、
「
上の部屋に入っていた、オトギリソウが蔦の上で世界を眺めるローズにそうつぶやいた。
「俺のばあさんがそう言っていた。俺たち
彼も地平線のかなたまで続く根っこに覆われた大地を見ながらそう言った。
ローズは蔦を登りながら、部屋に入った。
部屋は、西と東に窓が開いていて、屋根は簡単な円錐状の藁ぶき屋根でできていた。
麻でできた敷物のベッドが二つあり、整えられているが、一つは使われている様子がない。
「あなたのおばあさん? がもう一人住んでいるのかしら?」
「死んだよ……丁度3年前くらいだ」
その言葉に、すまない気持ちがわいてきたローズは、押し黙ってしまう。
「いいんだ、ほらあっち見てみろよ」
彼は、東の窓の方を指さした。
上に開けられた板戸の窓の外には、大きな浮遊大陸が見えた。
「あれは……!」
「あれが、第二層だ。俺たちは大地の神のいる場所って呼んでる」
「どうして?」
オトギリソウはローズの近くまで来ると、さらに上の方を指さした。
ローズがさらに上を見ると、第二層の浮遊大陸を鋼鉄の鎖で、吊るし上げている浮遊大陸が見えた。
「あの吊るし上げているやつが第三層。第二層を大地から引っ張り上げているのさ」
「なんであんなことを?」
「わからねえが、第三層には俺たちが崇めていた大地の神の象徴があるんだ。その信仰の名残で、あそこらへんは大地の神の聖域だった」
「すごいわ……私の住んでいた場所も、浮いていたけれど。大地を地面から引っ張り上げているなんて」
「おかげで、その直下の第一層の地上は、ぽっかり穴が開いていやがる。あまりにも深い穴なんで、誰も住みやしねえし何もないんだぜ」
第二層の直下を見てみると、真空とも思える真っ黒な穴が開いていた。
どこまで続くか分からない深い穴は、一度転がり落ちたら奈落へといざなわれてしまいそうであった。
ブルリと嫌な想像にローズは身を震わせる。
「まあ、この世界の話はしてやったからさ。お前が何でここに来たかを教えてくれよ」
オトギリソウは藁の座布団の上に腰を落とすと、ローズに座るように促した。
「あたしは、花を見ればわかると思うけれどローズっていうの。知ってると思うけれど、空からやってきたわ」
ローズはここまであったことをすべて話した。
母が天上界を守るため、地上の視察の仕事をする騎士であったこと。そんな母のような軍略家を育てる軍事顧問の父がクーデターを起こし、逆らう母の宝石を抜き取ってしまったこと。
天上界から落ちて、自分は悲劇の怪物のことも、戦争も、地上で何が起こっているかも知らない事。
「お父さんは……どうして、お母さんにあんなことを」
すべて話し終えると、ローズは悲しくなって涙を浮かべた。
座っていた藁の座布団に、水滴がいくつもぽたぽたと落ち、黒いシミを作った。
「お前の父親の話を聞く限りじゃあ、お母さんにとって、この地上なんて見捨てられた場所でしかねーからな。そりゃ、水晶抜き取られても仕方ねえさ」
無神経なオトギリソウの言葉に、ローズはカッとなって言いよる。
「じゃあ、お母さんは水晶を抜き取られても仕方なかったってこと?」
「自分の天界の平和の維持しか考えてなかったんだろ? 俺たちからしたら、すっごい腹立つぜ……なにせ、食い物に困ったりしない世界で、平然とこの困窮した地上を眺めて暮らしているんだからな」
ローズはその言葉に黙るしかなかった。母は確かに、地上の視察をしつつもその人たちに同情や情けを持っているわけではなかったからだ。
あくまで観察対象で、きっと手を差し伸べたいなどと考えたこともないに違いない。
母を疑ってしまう自分に、嫌悪感を募らせるローズ。
顔をしかめ、じわじわとあふれ出てくる涙をこらえきれなかった。
「ほら、やるよ。ジェーンベリーだ」
1cmほどの、手の上に乗せられる大きさの、赤い実を投げてよこす。
ローズは悔しさにかぶりつくと、甘味が口いっぱいに広がった。
黙々と食べるローズを見やりながら、オトギリソウは腕を組んで考えこんだ。
「しかし、天上界がさらに上にあるなんてな。知らなかったぜ……何かに使えそうだが」
オトギリソウは悪い顔をして、この情報をどこに売りつけるか考えていた。
しかし、信用させようにしても証拠は、空から降ってきたローズ本人しかいない。
「ねえ、オトギリソウはどうしてあの集落にいたの?」
「盗みさ。お前がいたところは倉庫のところだった、ちょうど盗みを働いているときに落ちてきて、ちょっとばかし観察してたら……これだ。もともとは、俺もあそこに住んでたんだけどな」
「追い出されたの? 盗みを働いたから?」
「盗みで追い出されたわけじゃねえよ」
「じゃあ、どうして?」
「俺のばあちゃんは、悲劇の預言者っていってな、いつどこで悲劇の怪物が暴れるか予見できたんだ」
「すごいじゃない。役に立ってたんでしょう?」
「いや、次第に、皆悲劇の怪物が襲ってくることに対策を立てなくなっていったんだ。無気力に、ただいつか食われるのを恐れながら暮らすことを選んだのさ。だから、俺のばあちゃんは悲劇を告げる厄介者として、俺と一緒に追い出された。そして、この木の上で、こっそり暮らしていたんだ」
ごろりと、自分の麻の敷布団に転がるオトギリソウ。祖母の寝ていた、敷布団の方を見やると、少しため息をついた。
「ま、あ。あいつらも、ばあちゃんの預言だと、落盤によって死ぬって言われてるし……ざまあみろだな!」
「大変じゃない!!」
突然のローズの大声に、オトギリソウは敷布団からずれ落ちた。
「なんだよ。まさか、助けるなんて言うんじゃないだろうな」
「そうでしょ! 死んじゃうのよ?」
あきれたように、オトギリソウは自分の体を起こした。この
「まあ、なんだ。さっきも言ったが、フラワーパラディンでもない限り、あいつらは動いたりしないぜ? 何せ絶望しきってる、そこら中が悲劇の怪物だらけだ」
「あたし、みんなを避難させたい。どっちにしろ逃げなきゃ、いずれ食べられるだけだわ」
「ここの地上に逃れたのは徴兵が嫌いでやってきたやつばかりだぜ。自由に出入りで来て、政府に縛られず、むしろ好きな時に死を選べる。あんたがやろうとしていることは、政府の高官がやっていることと同じだ」
ローズは沈黙した。
そして、ゆっくりと立ち上がり。こぶしを作ってこういった。
「じゃあ……自分の意思で、彼らを立ち向かわせて見せる……!」
「はぁ?」
呆気にとられたオトギリソウの声。
「花の命ははかないけれど、生命力の無い花なんてないわ。私は、皆のココロの花を開かせるのよ!」
「馬鹿じゃねえの!? 第一どうやって、どうやって、皆を動かすのさ」
「伝説よ」
「伝説は伝説でしかねえって!」
「でも、私が眠れないとき、すやすや眠れる安心感をくれた。優しい希望だわ」
ローズは胸に手を当て、母から聞かされた寝物語を思い出す。
「きっと、希望をくれるはず。ねえ、何かフラワーパラディンで残っている伝説はないの?」
オトギリソウは、敷物をどかすと、床板を一個外して何かを取り出した。
「ほら、貸してやる。青銅の剣と青銅の盾だ。徴兵逃れで俺の父ちゃんがこの地上にやってきたときに、持ってきたものらしい」
ローズは、青銅の盾と剣を受け取り、装備してみた。
重く寸胴な感覚がするが、振れないことはなさそうであった。
「この家に上る途中、大聖堂がみえただろ?」
「うん」
ローズはうなずく
「あそこに、かつて地上から大地を脱出させた希望の預言者って呼ばれる奴が、戦った跡地があるらしい」
「希望の預言者?」
「悲劇の預言者の逆だ。フラワーパラディンの到来を予言し、世界が滅びないように動いた存在だったそうだ」
「何でも知ってるのね」
「ばあちゃんが、預言者で物知りだったからな……」
ローズは、自分の頭に巻いてある薔薇のハチマキをぎゅっと締めた。
「つまり、あそこに行けば、フラワーパラディンの伝説に触れられるかもしれない」
「気をつけろよ。悲劇の怪物の偵察兵が、うようよと空を飛んだり地面を徘徊している。外に出れば、敵だらけだ……死は覚悟しておけよ」
ローズは青銅の盾と剣を腰に下げ、入り口の蔓を握ると、体を乗っけて、下に降りて行った。
空を飛ぼうと羽を広げるが、ローズは思いとどまる。
敵には、蝶などの飛ぶ偵察兵がいたはずだ。
それに、空を飛ぶのは目立ちすぎて危険である。
いったん羽を閉じると、陸路を行くことにローズは決めた。
ローズは、地上を進んでいく。
朽ちて使われなくなった土塁が巨大な根で押しつぶされていたり。
陥没した場所に、針がむき出した罠の形跡を見つけたり。
櫓に敵が集まり、空から見張っているのが見えた。
地上を歩けば歩くほど、戦争の跡が続いていくのが分かる。
「かつて、本当にここで戦争があっていたんだわ」
ローズは、川があったであろう場所をたどって、大聖堂の方へ向かっていた。
ちょうど身長を隠すにはちょうど良い堀であり、敵の目をくらませそうであった。
堀になってしまってる川は、灌漑されたのだろう。周りは荒れ果ててしまった畑が見える。
働いている途中だったのか、畑がそのまま残っており、耕すための犂がそのまま土に刺さっているのもあった。
そして、何よりもそのすべてにおいて大木のような根が所々に生え散らかしている。
途中、その根に奇妙なものをローズは見かけた。
根っこが触手のように伸び、本体から一部分離し、グネグネと地を這っている。
「これは……蟲ね」
かつて母親の視察についていったとき、根が這うオベリスクを遠目に見たことがあった。
根から新しく、蟲が生まれているのだ。
ローズはその様子を観察した……間近で見るのは初めてである。
グネグネと這う蟲は、近くのチューリップの茎に上り、その花に根っこを伸ばして寄生し始めた。
ローズは慎重に近づき、琥珀の装飾のナイフを取り出して、蟲が寄生している箇所に狙いを定める。
チューリップは次第に人型のような形を取り始め、花の形容を残しながら変化を始める。
モンスター化しそうになった瞬間、ローズは寄生している箇所に向かってナイフを振り下ろした。
ピキッと泣き声のような音が鳴った後、寄生している根が枯れていき、蟲本体の死とともにチューリップの花も枯れて行ってしまった。
「なるほどね。こうやって、蟲本体を倒せば、寄生主も死ぬのね……」
それは、寄生された状態の
ローズは観察し終わると、先を急いだ。
北に大聖堂がはっきり見えるところまで来ると、町の形跡があることが分かった。
町をかこっていた城壁がボロボロになって落ちてしまっている。
瓦礫と化し、隙間が空いた城壁の間を進み、町の中に入ろうと近づいたとき。
何やら見慣れぬものが、城壁の上に並べられていることに気づいた。
――骸骨だ――
骸から取り外された、
それは商品棚のように、きれいに陳列され、見るものがその姿を眺めるために置いてあるようだ。
すべての骸骨は、その真っ黒な窪みを、外に向けている。
「なに……これ……」
人為的な不気味さに、ローズは足を止める。
ゆっくりと、城壁の壊れた部分に近づき、周囲を警戒して見渡した。
隙間から、城壁内の町の様子が見えた。窓には、同じようにして骸骨が並べられていた。
それは、大きな大人のもの、小さな子供、大きな大人のものの順で置かれている。
「もしかして……!ここに住んでいた人達の」
ローズは、家の方へと駆け寄った。
窓の骸骨は、やはり、大人、子供、大人の順で並べられている。
そして、町の中に入って気づいたことがあった。
奇麗なのだ。
石畳の床も、剣で傷を受けた跡はあるにしろ、石ころを掃いたような奇麗さだ。
「誰かが、ここにきて管理している……しかも、この骸骨を含めて」
ローズは思案した。この骸骨はここで死んでいった家族のものに違いない。
そして、誰かが家族の頭骨のみを外して、窓に並べたのだ……それも仲良く3人で。
ローズは青銅の剣を抜いて、ゆっくりと大聖堂に近づくことにした。
時刻は15時ごろ。
西南からの侵入であった。
カア、カアと、カラスの無く声が響いていた。
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