第2話 夢みる記憶の花


 螺旋城から出て、城下町を探索するローズの一家。

 中央広場の井戸から、複数に道が出ており、剣や道具などの金物を扱うばしょなら、金物通りの看板が立てられている。

 今日はローズの誕生日のため、ケーキ作りをする予定だ。

 一家3名は食料通りを通ることにした。

 石畳の上をぴょんぴょん飛び回って、”木の実店”と書かれた店先に走っていくローズ。

「ししょー! サボテンがいっぱい咲いてるわ!」

 食料を扱う通りは、蜜のにおいや、焼き菓子の匂いにあふれている。

 それと同時に、店のドアの横に飾りの草花が背の高さほど生えており、ローズを隠してしまいそうだ。

 22cmほどのローズの背丈は、飾りにはやされたサボテンの外周を腕でつかみきれないくらいだ。

 サボテンを見てはしゃぐローズに、銀銭花は微笑をもらす。

「はは、ローズは太陽が全く欠けない日に生まれたからな。活気があってよい」

「そうなの? 太陽が欠けない日に生まれると、太陽似になるのかしら?」

 不思議そうに、30cmある母であり騎士の師匠である銀銭花を見上げる。

「太陽と月の満ち欠けで、我々の性格的な柔らかさや硬さは決まるといわれているな」

「ししょー。ししょーはいつ生まれたの? 」

「師匠は珍しい日に生まれたんだぞ。太陽も、月も、全てかけた、朝も夜もまっくらな日だ」

 ほぇーと、真っ赤な目をまん丸にしてローズは口をパクパクさせる。

 青薔薇が、抱えるほどのがま口のバックから、砂金を取り出し、ローズの手に手渡す。

「お父さんはお月様が全部見える日に生まれたんだよ。お月様に似たから、こうやって家事がうまいのかもしれないんだ」

「月が真っ暗だと、ししょーみたいに家事が下手になるのね!」

 その言葉に、ぎゅっとローズの頬をつねる銀銭花。

「ふぃふぉー!」

「さあ、買い物をしようか。この砂金で木の実の汁を買ってごらん。ローズの好きな味を選んでいいよ」

 優しげに微笑む、前髪を巻き毛にした青薔薇。

 手のサイズを埋める、砂金を握り締めてローズは店の扉を開く。

 カランカランと、真鍮のベルが鳴った。

「たのもーだわ!」


 入ると、そこは色とりどりの、瓶、瓶、瓶だった。

 ローズの頭の大きさくらいはある瓶が、いろんな形やサイズで置かれている。

 その様は魔法使いの家のようで、何かのポーションを保管しているかのようだ。

 しかし、それは、すべて木でとれた実の蜜であり、しぼり汁には種が浮かんでいるものもある。

 「わあ、からふるね!」

 瓶の中に詰まった蜜や汁をみて、ローズは目を輝かせた。

 色鉛筆でかかれた、ほんわかとした実のイラストのラベル。そこには、知らぬ名前の木の実の名前が書いてある。

 下には値札が書いてあり、砂金2粒と書かれていた。

「むー……!」

 悩みながらうろうろしていると、カウンター越しに店員さんが話しかけてきた。

「何か、お探しですか?」

「あたし、ローズ! どれが一番イケてる味か悩み中なのよ!」

 店員に、しかめっ面をして、真剣であることをアッピールするローズ。

「ふふ、もしかして、誕生日なのかしら」

「そーなのよ! 誕生日ミッションよ! 騎士の極秘任務なの」

 従騎士らしく、剣を立てるポーズをした。

「ふふふ、じゃあこの柑橘類の蜜とかどうかしら」

 黄色く染まった瓶に、小さなスプーンを入れて蜜をとると、ローズに味見を差し出してくる。

 ぱくっと口の中に入れるローズ

「つっぱー!」

 目をバツの字にして、渋そうな顔をする。

「あはは、やっぱり子供にはすっぱいわよね」

 いたずらに大人向けの味を出した、店員さん。意地悪な顔をして、奥から赤い瓶を取ってくる。

「やっぱり、イチゴがいいと思うわ。ほら、甘くてよいわよ。口直しにどうぞ」

 顔を渋々しているところに、甘い匂いの赤い蜜を出される。

 ちゅうっと吸ってみると、小さな種からすっぱみを残しつつ、甘いとろりとした赤い蜜の味が広がる。

「~~!!!!」

 ほっぺたに手を当てて、肩を震わせるローズ。

「あたし、これ気に入ったわ!」

 元気よく大きな口を開けて、即決した。

「決まったかい? ローズ」

 傍で見守っていた、青薔薇が近寄ってきてローズに目線を合わせる。

「うん、赤いのにする!」

「小麦粉も買っておいたぞ……ん、決まったのか?」

 がま口のバックに、白い紙袋を入れた銀銭花がいた。

「材料は良さそうだね。」

 ローズは、砂金を二個カウンターに並べると、自分の手に一杯持てるだけの赤いイチゴの蜜瓶を抱えて、えっちらおっちらと、外へ出ていった。


 帰りに、青薔薇が提案してくる。

「卵のために、農園に寄ろうか」

「あーい!」

 瓶を満足そうな笑みで抱えながら、ローズは賛同する。


 自分の身長の二倍はある鶏と呼ばれる鳥をみて、ローズは肩に首が埋もれそうな気分になった。

 その大きなとさかとくちばしは、ローズの頭の花をむしるためについているように感じたし、その鋭い目は今にもローズに敵対の意思を向けてきそうだ。

「おや、青薔薇の軍司様。卵ですかね?」

「ああ、誕生日の菓子をつくるためにね……あるかい?」

 青薔薇は、農家のフラワーとお話をつけているようだ。

「3つで砂金2個でいいよ。おせわになってるからねえ……」

「ありがたい、今度何かあった時はいつでも護衛させていただく」


 柵の向こうから、首を下して鶏がローズの頭まで顔を下げる。

「ちち! この鶏……ローズのことみてるわ!」

「ああ、個々の鶏は好奇心大せいだからね」

 にこにこと柔らかい笑顔を称える青ばら。

 ぱくっと、背のローブを鶏のくちばしに掴まれて、ローズは宙に浮かんだ。

「ローズ攫われてるわ~~!」

「む……!?」

 銀銭花が、剣を取ろうとしたが。いったん抑える。

 柵に飛び乗り、近くにあった木箱に足をかける。そこから、三弾ジャンプすると、咥えられているローズをキャッチし、救出した。

 農園のフラワーからは、ぺこぺこと謝られた。

「じゃれついてしまって、すまねえだ」

 こけーっと、地面を揺らして吠える鶏。

「いえいえ、ぶじでしたから」

 青薔薇は首を振って、農夫をなだめた。

 うるうると、目に涙を浮かべてひーひーするローズであった。


 そのあと、無事に政治の中枢である、中央の塔の三人の部屋に帰った。

 キッチンでは、買った卵と小麦粉、イチゴの蜜、砂糖やバターが並んでいた。

 エプロンを装備すると、青薔薇が鼻歌を歌いながら調理に取り掛かる。

 その間、銀銭花はお湯を沸かしつつ、葉っぱで紅茶を淹れる

 ローズは、紙で飾り付けを、部屋中にしていた。

「ローズは、結晶が好き!」

 貼り付けられているのは、いろんな形の紙の雪結晶で、雪もないのに少し寒さを感じるような、水色と青の飾り付けになった。

 トントンと、夫妻の部屋を訪ねる者がいた。

「ローズがでるわ!」

 ぴょんと飛び上がって、扉の前に行く。外ではガサゴソと、紙くずがこすれる音がする。

 ガチャっと扉を開けると、紙吹雪がぶぁっと顔に飛んできて、ローズは一瞬目をつぶった。

「はーい。金仙花ちゃんです! ローズ驚いた?」

 いつもはカールの髪を下に垂らしている金仙花だったが、きょうはポニーテールにして、金仙花の花のようなレースのドレスを着ておしゃれしていた。

「びっくりして目をつぶっちゃったわ!」

 鼻や、体に咲いている花にも紙吹雪が舞い散って、顔は紙だらけになったローズ。

「「あはははっ!!」」

 二人は互いに笑いあい、からかったことを喜んだ。


 金銭花を部屋に入れて、中をローズは案内する。

 酵母が膨らみ、匂いが部屋の中に充満してくるのが鼻先でわかった。

 机の上に、青薔薇が皿を出して、ケーキを添える。

 ケーキの下地の上にかけられた、白いホイップの上には、赤いイチゴの蜜と、カラメルが相互に飾られている。

 「わぁ……きれい!」

 中央には、穴が開いており、マッチの棒が大きく刺さっていた。

 ローズが感嘆の声を上げる。

「青薔薇の料理の腕前は、相変わらずだな」

「君に、お菓子を食べさせたいときが多かったからね」

「で、でえと前に、そんなことを言っていたな……」

 赤面する銀銭花。ちゅっと耳元にキスをする、青薔薇だった。


 綿毛と麻のソファの上で、二人よりそって話し合っていた。

 金仙花は、箱をローズに渡す。

「ねえねえ、誕生日プレゼントあけてみて」

 パカっと木箱を開ける。

「これは、宝飾の入ったナイフ?」

 小型の折りたたみ可能なデザートナイフが入っていた。

 曲げる箇所の縁に、小さく琥珀が飾り付けられてある。

「美しすぎると、怪物に取られたりするけど。私の金仙花のこと忘れてほしくなくて黄色い琥珀を入れてみたの。まあ、この天上界じゃ、怪物はいないから、杞憂よね」

 ふぅっと、困ったような顔をして見せる金仙花。

「ありがとう。いろいろ木材の加工に使えそうね」

「あんたも、りっぱな騎士になるんでしょうから、ナイフは多くて越したことはないわ。あたしのナイフにピンチを救われる……かも? なーんて」

 ふふふっと、気取って言う金仙花。

 ランプの明かりに、ローズはかざしてみてみる。

 きらりと光る鉄らしい輝きは、美しい鋼鉄ならではの輝きであった。


 青薔薇が、全員の席を引いて、テーブルセッティングを終わらせると。

 青薔薇は、全員に声をかけ始める。

 ナッツと豆のスープがほくほくと湯気を立てていた。

 真ん中には、机の上を10cmは占める大きなケーキができていた。

「はっぴばーすてぃ、とぅーゆー!」

 と、金仙花が椅子に座りながら、ローズに声をかける。

「誕生日、おめでとうだな。ローズ」

 母の師匠が、ローズの席を引いてくれる。

 ローズはぴょんぴょんとはねながら、席に着くローズ。

「さあ、火を消そうか」

 立っていた一本のマッチに、藁で火を持ってきて火をつける青薔薇。

 ぼぉっと、マッチの火が揺らめいた。


 全員がそろい、拍手が巻き起こる。

 ローズは3人を見渡し、紅潮させた頬でみんなに言った。

「ありがとう! みんな!」

「お誕生日おめでとう、ローズ!」

 そう言われて、ふぅっと刺されたマッチの火を消すローズ。

 きらきらと輝かしい思い出の粒が、夢の中であふれ出ていた。


・・

・・・


 ガサゴソと服をあさられているような感覚に、ローズは目を覚ました。

 目を開いた先には、手が自分の服をまさぐられている。

 まさぐっている存在はオダギリソウの黄色い花を胸に咲かせた存在だった。

「いやぁー!」

 ローズはそのオトギリソウに向かって、パンチを食らわせる。

「うぉぁー!」

 顔面の半分をパンチによってめり込ませ、吹き飛ぶオトギリソウ。

「なんだよ、生きてたのかよ。死んどけよ……盗むのに罪悪感が出るじゃねえか」

「じゃあ、勝手に人のもの最初から盗まないでよ!」

 チッと舌打ちしながら、頬をさするオトギリソウに、反発の声をローズは上げた。

 まさぐられた部分が胸元だっただけ、気持ち悪い気持ちを抑えきれないローズ。

 何か盗まれてないかと、懐を確認する。

「いい、ナイフ持ってんじゃねえかよ。それ、この第一層にはない産物だぜ。お前、羽も生えてるし……何者だ?」

 距離を取りながら、じりっと半歩近づくオトギリソウ。

 ローズは、自分が誕生日プレゼントに金仙花からもらったナイフを大事に持っていたことを思い出した。

「あげないわ!」

「俺は、オトギリソウ……ここは、地下壕の一室だぜ。あんたは、上から地面を突き破って入ってきたんだ」

 ローズが上を見やると、崩れ落ちた土塊が自分の背たけを覆い隠すほど落ちていることに気づいた。

 確かに、自分は空から落ちてこの地下壕に入ったらしい。

 にらみ合う二人。

 しかし、それを妨げる声が響く。


「敵襲よーー!」

 ほぼ、暗いランプの明かりでしか照らされていない、土と木でできた地下壕の中に、その声が響く。

 西の方から聞こえたと思って、ローズは右を見やった。

 右の方にあった坑木の間から、走って逃げていくフラワー達の姿があった。

 その逃げていく姿に、天上界で見た逃げ行く人々の姿がローズにフラッシュバックする。

 その光景に重なるように、一人の子供が逃げ遅れてよたよたと走りこんだところで、転んだ。


 ローズは咄嗟に飛び出した。

 助けなきゃ――そう、頭が思考に支配され。

 気づけば、子供の前に出た。


 すると、場が開けて地下壕の通路に出た。

 少女が転んだ左側の反対を見る。右側の通路から、巨大なヤスデがぞろぞろと足を流れるように波打たせながら、近づいてくる。

 その頭部には、顔が張り付いており、キェエェと声を発して威嚇してくる。

「ヒゲキヲ!シヲ!シュクセイスル!」

 ぎょっとするが、震えを抑え、胸元から琥珀の装飾があるデザートナイフを取り出すと、刃を出して構えた。

 100本はありそうな足を広げて、上半身を起こすようにしてとびかかってくるヤスデ。

 その上空をさらに、羽を広げてローズは飛んだ。

 ナイフを下に突き立てると、顔めがけてブスッと突き刺す。

 相手は、体をねじりギァアと叫んだかと思うと、その体を横倒しにして倒れた。


「はぁ……本当にピンチを救われるとは、ありがとう。金仙花!」


 ローズが子供の方を見やると、さらに奥の方が並んでいて、扉が閉まっているのが見えた。

 全員が、扉を閉めて出てこない様子に、ローズは不思議に思う。なぜなら、敵の気配がこのヤスデ以外見つからないからだ。

「みなさん、でてきていいわ! もういないわよ!」


 そう呼びかけても、出てこない。

 不思議に思いながらも、転んだ少女にローズは手を差し伸べた。

 しかし、少女もおびえて、ヒッと泣いただけで。

 怖がりながら、立ち上がって奥の方へ逃げて行ってしまった。

 母親が、ドアを開けて少女を部屋に入れる。ちらりとこちらを見るが、”不信感”のような敵意に近い目線を向けて、扉をバンッと閉じてしまった。


はぐれ者ってやつだな」

 どういうことか分からないローズに、オトギリソウが声をかける。

「俺と同じ?」

 聞き返すと、彼の手には盗んだらしい、食料の実が入っている袋があった。

「それ、返した方がいいわ!」

「俺が触ったものなんて、あいつら食べねーよ」

 嫌われていることを、さらっと流すようにオトギリソウは告げた。

 彼は、自分の帽子であるどんぐりの殻のヘルメットを深めにかぶると、ついてくるように手招きをし、その場を去っていく。

「ちょっと、皆のことほおっておくの!?」

「フラワーパラディンでもなきゃ、あいつらに声は届かねえな」

 げらげらと、伝説の存在をせせら笑うオトギリソウ。

 実をかじってテクテクとヤスデをよけながら、外への空気を感じる方へ出ていく。

 フラワーパラディン。その話を聞いて、この第一層にも伝説があることに驚くローズ。

「その伝説、ここにも本当にあるの?」

「むしろ、ここが本家ってやつだな。まあ、俺のアジトまで案内するぜ。空から落ちてきたはぐれ者さんよ」

 ローズは、行く当てもないので地下壕の集落を離れて、オトギリソウの住む、高い木の上に案内されることとなった。

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