第47話 奪い去る

 がんさくの額装にはミスターによる細工が施されており、俺が持っていたリモコンのスイッチで発火するように仕掛けてあったのだ。


 そうとは知らないてるや警察のはままつ刑事と駿河するがは、これ以上燃えないようにと二酸化炭素の消火器を使ってなんとか灰になる前に消し止めようとした。

 成功したかと思われた矢先、あざ笑うかのごとく“傑作”はシュレッダーにかけられたのだ。


 さすがに探偵のれいもこの事態は予想していなかったようで、あまりのことに愕然としているように見える。

 あきやまたつみたかもなにがなんだかわからない顔で様子を見守っており、よこやまゆうはチップと化した“傑作”を平然と眺めていた。


 我に返った木屋輝美は、慌てずに立っている横山佑子が火をつけたに違いないと主張するが、地井玲香が疑いを即座に否定した。


「私は明かりが落ちる直前、横山佑子さんの腕を掴んでいました。彼女に絵を燃やすことは不可能です。どちらかといえば、スポットライトで過度に熱せられた油絵の具から出火したと判断するほうが自然です」


 すると矛先は浜松刑事や駿河など警察関係者に向いた。

「あなたたちがスポットライトなど持ち込むから出火したのですわ。責任をとっていただきますわよ!」

「それについては申し訳ございませんでした。ただ、単にスポットライトを当てただけで絵の具から発火した事例はございません。なにか他の原因があったように思うのですが……。たとえば“とんぶり野郎”が立体映像で見せたあの火が現実に燃え移ったとか。またはセビルあおいさん、あなた自身が火をつけたのかもしれない」

 浜松刑事が警察を代表して謝罪するが、これが自作自演ではないかと疑っているようだ。


「絵を守れなかった警察が、言うに事欠いて私の自作自演を主張するなんて! そんなことあるはずがないわ。この絵はこの世にふたつとない作品なのですから」


 地井玲香が規制線をくぐって木屋輝美に近づいていく。

「この絵の模写は横山佑子さんの自宅に二枚ありますわ。そしてチップと化したあの絵とその二枚は作者が一致すると画像認識システムで証明されています。つまりあの絵はセビル葵さんの作品ではありません」


「そ、それじゃあよしむねさん。あなたが怪盗コキアですわ! だから私に近づいて最前列に並び、絵を燃やしたのです!」

「義統くんも絵に火を放っていません。彼も私が腕を捕まえていましたから、絵に近寄る動きは見られませんでした」

 地井玲香が淡々と説明していく。こういうときでも冷静に状況を分析できるのだから、肝が据わっているようだ。


「それに怪盗コキアであれば、盗品を奪って本来の持ち主に返すはずです。火をつけた挙げ句シュレッダーにかけるだなんて、怪盗コキアの主義とは著しくかけ離れておりますわ」


「そうか……。もしこれが怪盗コキアの仕業だとしたら、絵を持ち主に返せないことになるわ。それじゃあ盗品専門の怪盗としては行動が逸脱しているように見えますね」

 秋山理恵がつぶやくと、駿河が追加の発言する。


「コキアは盗品専門でしたけど、主義を撤回した可能性は確かにあります。あれを見てください」

 とチップ化された絵真下には「深緋こきあけのホウキギ」が置かれていた。怪盗コキアの犯行であることを裏付けている。


「これがコキアの行動であるのなら、少なくともあの絵は盗品だったのは間違いないでしょう。そして今回は絵を描いた画家が、返却よりも処分することを選んだ可能性もあります。画家の申し出だから、必ずしも盗み返して返却することを念頭に置かなかったのではないでしょうか」

「駿河のいうとおり、少なくともあの絵は盗品だったと見て間違いないでしょう。他のあなたの絵とは明らかにタッチや筆遣いが異なりますからな」

「酔った勢いで描いた絵だと説明しておりますわよね。あの絵は間違いなく私の筆からなるものです!」


 ここにいるほとんどの人は知りもしないのだ。本来の描き手である横山佑子へはすでに1か月も前に本物を返却してあった。だから横山佑子は平然と成り行きを見守ったのである。

 まあ、さすがに贋作をシュレッダーにかけるとまでは思っていなかったようだが。ミスターも人が悪いな。

「僕が怪盗コキアだったら、絵を盗んで本来の持ち主に返すと思いますよ。火をつけたりシュレッダーにかけたりしたら、絵が損壊されて元に戻せません。そんな非合理的なことなどできませんよ」


「そのとおりです。それともあの絵が偽物だった可能性はないのですか? セビル葵さんなら偽物を用意できたのではありませんか?」

「横山さんはすでに模写を二枚お持ちです。作者である木屋さんだって当然模写は用意してありますよね。それとも模写が描けない、なんてことはまさかないですよね」


「セビル葵さん、チップ状になった絵は模写だったのですか? それとも本物だったのですか? そこも含めて話を伺いたいですな」


 絵の損壊を機に、警察も地井玲香も木屋輝美を疑いだしている。

 まあ無理もない。あの絵を額装に収めたのも作者である木屋輝美がやったことだと判断できるからな。


 それにしても、こうまで関係者を騙し通した“贋作”を創れたことは、内心誇らしく思えてきた。

 まあ警察も地井玲香も始めから“贋作”しか見ていないのだから、あれが“贋作”であると見抜くすべはない。


 浜松刑事が警備に当たっていた警察官を呼び寄せて、群衆を美術館から外へ追い出すよう指示を出した。


「では、セビル葵さん。あなたがあの絵を手に入れた経緯をお聞かせ願いますかな?」

「絵を手に入れた、なんて。まるで私が盗んできたかのような言い方ではございませんか……」

 木屋輝美は自分は窃盗犯ではないと主張した。

 しかし彼女が絵を奪った二か月前の行動履歴が地井玲香によって明らかにされていく。


 横山佑子の自宅へ侵入する覆面の人物は特徴が木屋輝美と同じであり、この時刻で木屋輝美の所在地は確認されていない。

 またスマートフォンの通信キャリアに残されていたGPS履歴を追っても、やはり木屋輝美が横山佑子の家に行っていたことがわかっている。その翌日にあの絵が自分のものだと画壇に持ち込んでいたことも裏がとれていた。

 さらに細かな情報が地井玲香からもたらされ、警察もその推理の裏をすでにとっており、基本認識は一致していた。


「では詳しい話は本庁でお聞き致します。館長さん、本日の展示は打ち切ってください。もし損害が生じた場合は、領収書などを保管してくださいな。セビル葵が犯人だとわかったら、彼女に全額支払わせますからな」


 浜松刑事は木屋輝美を任意聴取するべく、駿河とともに美術館の裏手に駐車していた覆面パトカーへ導いていった。




(次話が第六章および本編の最終回です)

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