第42話 侵入経路
「地井さん、これだけ厳重に警戒されて、怪盗は現れると思いますか?」
俺が話を振ったものの、言葉は返ってこなかった。
パトロンとして、お抱え画家となる横山佑子に注意を向けているようだ。おそらく横山佑子がこの場でなにかをしようとしていると思っているのだろう。
もしかしたらこの横山佑子は怪盗コキアの変装と考えているのかもしれない。それとも怪盗コキアが作品を盗む様子を彼女に見せるつもりではないか。さまざまな疑心が渦巻いているはずだ。
怪盗からすれば、都合のよい状況になりつつある。
意識をとられているとふいに地井玲香が肩を叩いてきた。
「
怪盗のことを尋ねられても、口を開けるはずもない。ここは穏当にいくべきだろう。
「まったくわからない。秋山さんと横山先生、巽くんが最前列に出てくるだけでも揉みくちゃになるくらいごった返しているからね。少なくとも地上は使わないんじゃないかな。さっき
「父さんってそんなことを言っていたの? いくら怪盗でも一般人を足蹴にはできないでしょうに」
「それがそうでもないんだよ、秋山さん」
「どういうこと?」
俺の一言に食いついてきた。
「怪盗の狙いが意図的に混雑を作り出し、人を踏み台にして立ち去る可能性がないわけじゃないんだ。あとは人の波の上を飛んでいくか地下から侵入するしかない」
地井玲香が口を挟む。
「地下から侵入って、美術館はたいてい地下に保管庫があって、そこに所蔵している美術品が大量に置かれているわ。当然セキュリティーも万全でしょうし、下から来るのは現実的ではないわね」
「でもセキュリティーが厳重なのは、眼の前の絵も同様だよね。それなら地下から侵入すれば、たとえ絵のセキュリティーが発動しても、そのまま地下から逃げられると思うんだけど?」
「そう言われると確かにと思うんだけど。やはり第一候補は上からではないかしら。怪盗コキアはハンググライダーの達人のようだし、このくらい広い美術館なら飛べるんじゃなくて?」
「探偵さん、それは無理ですわね。いくら美術館で天井が高いとはいえ、この上を飛ぶなんて非現実的ですわ。それであれば、上にワイヤーでも張って、そこを伝って外と行き来するのが関の山でしょう。歴史ある美術館を壊してもかまわないと怪盗とやらがお思いなら、ですが」
絵のそばに陣取っていた
張り合わないといけないなにかがあるのかもしれないが。俺にはそれがなにかはわからなかった。
「そういえば、だけど。この状況で警備すると、怪盗が人々の足元をすり抜けて行き来する可能性もあるよね。まあ飛ぶよりは現実的というくらいなんだけど」
「浜松刑事からの情報ですけど、一時間前になったらいったん群衆を下げて規制線を張るとは聞いておりますわ」
木屋輝美が先に答えた。やはりなにか張り合っているような気がするな。
地井玲香もそれに気づいたのか、必要以上に話へ割り込んでこなくなった。
美術館がこのような状態になっては、侵入経路は限られるだろう。
なぜ怪盗はわざわざマスコミを通じて群衆を生み出したのか。張本人以外、この場にいる誰もが真意を測りかねるはずだ。
だからこそ怪盗と呼ばれているのだろう。
思わず視線を上げて周囲を見渡した。息苦しさを感じたからだ。
「監視カメラの位置を確認しているのかしら。今頃監視カメラに映らないように、なんて考えているんじゃないわよね?」
地井玲香がチクリと釘を刺してきた。
「息苦しいだけですよ。これだけ大勢がひしめいているから、酸素が足りなくなっているんじゃないかな」
「言われてみればかなり息苦しいわね。もしかしてこれが怪盗コキアの狙いなのかしら。だとすれば換気のために窓が開けられるでしょうから、そこを通って盗み出すおそれもあるわけね」
「これで地下から、人々の足元から、上からの他に窓からが加わるわけか。どの方法で侵入してくるのか。なかなか絞れないわね」
地井玲香が思考を持て余しているようで、ひとりひとりに感想を求め始めた。
「木屋さんは怪盗がどのようにして盗みに来るか、予想はありますか」
「そうですわね。これから高窓が開くのでしたら、そこから出入りするのが現実的ではありませんか? そのためにこれだけの人を集めたのだと思いますわね」
今ならそれが最善の侵入手段だろう。
「秋山さんはどうかしら」
「状況がよく飲み込めていないんですけど……。怪盗の盗み方ですよね。うーん……。たとえば父や
「そうか。浜松刑事や
「それはないと思います。私が最前列に来たとき、父は嫌そうな顔をしていましたし、友徳はさりげなく右手の親指を立てていましたから。だいじょうぶっていうサインです。だからふたりとも本人だと思います」
「僕も話した印象だと両方とも本人だと思うね」
「それじゃあ横山さんの予想をお聞きしたいですわね」
いきなり話を振られたが、美大生に怪盗の侵入経路や盗み方など判断できるはずがない。
「えっと……。必ずしも来る必要はないかな、と思いますけど」
「来る必要はないですって? それじゃあ今回は予告状を出しておきながら来られないようにするために人を呼び寄せたってことかしら?」
木屋輝美はいかにも嫌そうな声色だ。
「じゃあ義統くん、あなたの予想は?」
「うーん……。どうなんだろう。上を通ってくるのは警察も織り込み済みだろうし、群衆の足元をすり抜けてくるにしても帰るときに大きな荷物を持っているから逃げられない。電気を落とすのが常套手段らしいから、とりあえず照明を落として額の中から絵を盗んで、丸めて持ち出すってところかな?」
「それで本当に盗めると思っているの?」
「僕が思うに、この状況だとまず盗めないと思うんですよね。皆も承知だけど逃げ道がないから。とすれば盗んだ後に誰かになりすまし、身体検査のときに仲間と絵を受け渡ししながらなら、なんとかごまかせるかもしれないけど」
「そうか。怪盗コキアが単独犯とは限らないわよね。仲間が電気を落として生まれたスキに怪盗コキアが盗んでいく。いつもそうしているのなら、今回もその手で来るかもしれないわね」
怪盗に仲間がいるのは周知されていると思っていたのだけど、意外と捜査関係者でも知らない人がいるのか。
もしかすると地井玲香の誘いかもしれないが。
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