第38話 プレイボーイ

 はままつ刑事と駿河するが。ふたりが警視庁へ帰り、さっそくてるの裏をとる捜査が始まる。俺とれいはもうしばらく情報交換をすることになった。


「怪盗コキアの主義からすれば、盗品を奪い返すのが筋なんだけど」

「でも今まで予告状が出された五件がたまたま盗品だっただけ、とは考えられないかな? 多くの人が盗品専門だと思ってくれれば、名画を泥棒しても『あれは本物の怪盗コキアではない』と思ってくれる可能性もあるよね?」

 地井玲香は胸の下で腕を組んでこめかみを人差し指で叩いている。

 高校時代も同じしぐさで考え事をしていたから、おそらくクセなのだろう。


「問題はそれね。警察も『怪盗コキアは盗品専門』と思い込んでいるから、六件目の今回も当然盗品だと考える」

「あの作品が盗品ではなく木屋さんの作だとわかったとしたら。よこやま先生が二枚の模写を持っているのはそれとすり替えるため、と考えるのが道理では?」

「それはそうなんですけど、絵のタッチや筆遣いは間違いなく横山ゆう本人のものなのよね。だから、もし今美術館で展示しているのが横山佑子の模写で、セビルあおいがそれに気づいていない、と考えれば納得もいくんだけど」

「でも木屋さんは、あれは自分の作に間違いない、と主張しているからね」


「気になっていたんだけど、よしむねくん、あなたセビル葵の味方なの? それとも横山佑子の味方なの?」


「偶然に双方と接点があっただけなんですよね。だから木屋さんの効率重視も、横山先生の情熱も、理解できるんです。どちらの味方ではなく、どちらにとっても味方のつもりです」


「それって、プレイボーイのセリフよね。あの子には魅力がある。でもこの子にも別の魅力がある。だからどちらとも付き合いたい──というね」

「言われてみれば確かにそうだよなあ。でも、どちらの主張も一理あるとすれば、どちらの味方なんていうのは偏見で相手を評価しない、という点ですぐれていると思うんだけど」

「思うのは自由よ。でも実際にセビル葵が横山佑子から盗んだのか、セビル葵の作を自分の作だと横山佑子が主張しているだけなのか。どちらかが真実で、つまりどちらかが嘘をついていることになるんだけど?」


「僕は探偵じゃないから、そのあたりはよくわからない。でももしかすると双方嘘をついていたり、双方本当のことを言っていたりする可能性も否定はできないかな、とは思うけど」

 実際双方とも嘘をついているわけだが。


「セビル葵の調査は警察にまかせるとして、少なくとも横山佑子に嘘をつくメリットがないのよね。実際精度の高い模写が手元にあるのだから、なにがしかを見ながら描いたのは明らかなんだけど」

「横山先生が怪盗が描いた“オリジナル”を模写したって案がもし真実なら、横山先生が嘘をついていたことになる」

「そのあたりはもう少し突っ込んで話さないといけないわね。すべての可能性を潰して、それでも横山佑子の作に違いないとすれば、怪盗があの絵を奪おうとする理屈にはなっているし」


 探偵は華麗に推理することが持て囃されるが、地道に可能性を潰していく作業は気が遠くなりそうだ。地井玲香は高校時代同様に辛抱強いのだろう。


「それで、もし横山先生の作だった、または怪盗の描いたオリジナルを模写したものだった場合、地井さんとしてはどうしたいのかな?」

「いずれにしてもあの絵を横山佑子に返還させるわね。間違いなく横山佑子に帰属するのですから」


「じゃあセビル葵の作だった、または怪盗の描いたオリジナルを模写したものだった場合、どうしたいのかな?」

「その場合はセビル葵が所有しておくべきでしょうね。横山佑子はセビル葵の絵を盗もうとしていると考えられるわ。その場合、横山佑子のパトロンになる話もご破算になるでしょうけどね。まあ嘘をついて絵をだまし取ろうとしたから、窃盗未遂になるかもしれませんが」

 まあそうはならないから安心していられるのだが。


「可能性としては、展示される絵が怪盗のオリジナルで、横山先生と木屋さんがそれぞれ模写を描いた。そしてどちらも相手の作品を知らなかった場合」

「その場合、模写したのは自分だけだと思い込んでいるのでしょうから、どちらもオリジナルを主張できないことになるわね」

「そうだとすれば、誰も捕まらずに済みそうですね」

「義統くんの言うとおりね。あの絵が怪盗のオリジナルであれば、双方嘘は言ったけど捕まえるほどのことではないわ」

 まあその怪盗のオリジナルとやらがどのような結末を迎えるのかまでは想像できないだろうけど。


「で、地井さんとしては、真実はどのへんにあると考えますか」

「難しい質問ね。絵のタッチや筆遣いは横山佑子のもので間違いない、と私も思います。だからセビル葵が横山佑子から盗んだものを自作と主張していると見るのが正しいでしょうね。それなら今回も怪盗は盗品専門という主義から外れないですしね」

「その『怪盗コキアは盗品専門』って考え方、絶対にあとで泣きを見ると思いますよ。どんなにすぐれた怪盗だとしても、盗品を奪い返すからと正当化していたら、絶対に模倣犯が現れるはずですからね」

「模倣犯、か。少なくとも今回は怪盗コキア本人の予告状だと確認されてはいるようですけど。でも義統くんの言うとおり、思い込みは判断ミスを招きます。たまたま五回続けて盗品だっただけで『盗品専門』と決めつけないほうがよい、か」


 地井玲香は図らずも横山佑子と接点を持ったため、横山佑子が嘘を言っているように見えなかったから、セビル葵が悪いと判断する可能性もある。それは論理的な推理ではない。ただの願望である。自分の周りに犯罪者はいない、などと思い込んでいると、絶対に足をすくわれるだろう。聡明な女性ではあるが、善悪の考え方が俺とは若干異なっているのだろう。


「どこまで怪盗が信用できるのか。盗品専門と思わせておいて、なにかとてつもなく大きなことを企んでいるのかもしれない。たとえば国宝とか重要文化財とか。狙わないだろうと思われるものを盗むために」


「なるほどね。駆け引きでいえば、相手に思い込ませて出し抜くというのはとても理にかなっていますわ。怪盗コキアがなにかよからぬことを企んでいないともかぎらないってことね。あなたが怪盗コキアだったらそう考えるのかしら」

「怪盗のことはよくわからないですね。警察や探偵でもないから。ただ、思い込みほど判断を誤らせるものはないから」


「怪盗コキアは判断ミスを誘っているかもしれないわけね。今見えているものも、実際はすでに怪盗コキアの思惑に乗っているなんてことも……」


 探偵に無駄な労力をかけさせて優位に立つ。

 怪盗でなくても、駆け引きでは有効な手段である。



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