第37話 作戦会議

 美術館を出た俺とれいはままつ刑事と駿河するがはラーメンをともにした。


「今日話した内容が事実であれば、セビルあおいの名画は他人の剽窃ひょうせつであって、法的に認められるもんじゃない。“とんぶり野郎”があの絵に予告状を出したのも、警察が法的に動いてほしい表れかもしれんな」

 浜松刑事は冷静な視点で物語った。

「私も同意見です。セビル葵が展示するあの絵を奪いに来るのは、本来の作者である怪盗が剽窃をよしとしないからかも」

「それだとよこやまゆうも模写を二枚持っているんだから疑わしいんじゃないかな?」

「少なくとも横山佑子はあの模写を世に出そうとは思っていないわ。模写は模写と割り切っていますからね。横山佑子がセビル葵にあの作品を返せと言い出したのも、もしかしたらそのあたりに原因があるのかもしれないわ」

「であれば、少なくとも横山佑子は“オリジナル”の在り処を知っているはずだよね」

「おそらくセビル葵も知っているでしょうね」


 黙って話を聞いていた。どれも的を外しているので、下手に口出しすると嘘がバレかねない。


よしむねくんもなんか言ってくれないかしら」

 話を振られた以上、口を出さないわけにはいかないか。


「そうですね。今回の一件は複雑に見えて単純。単純に見えて複雑なんじゃないかな」

「どういうこと?」

「うまく言えないかもしれないけど……」

 全員の視線が集まっている。

「まず、怪盗が警察に予告状を出した。これは単純。でもそれがなぜなのかは複雑。横山先生の依頼を受けたからなのか、怪盗本人の絵を剽窃されたからなのかがよくわかっていないんだ。また横山先生の依頼だったとしても、横山先生の自作を盗まれたから取り返してほしいのか、横山先生が模写した怪盗の絵を奪い返したいのかもよくわからない」


「なるほど、今まで情報が次々と出てきたからわかった気になっていたが、実際にはわかっていないことのほうが多そうだな」

 浜松刑事の発言がすべてを物語っていた。


「まず、あの絵が誰の手によるものなのか。それを確定させるべきでしょう。選択肢としては横山先生か木屋さんですよね」

「意外と怪盗の作品かもしれないわね。だから奪い返したいのかも」

「なるほど。他に可能性があるとすればその三名の親族が描いて自分が相続したものだったというところか」

「だと思いますわ。だから誰の手によるものなのかを確定させれば、自然と本来の所有者が誰なのかがはっきりとするはずなんです」


「ラーメンのあとに横山佑子のところへ寄って確認してみるか」

「お願い致します。わたくしも彼女の絵を何枚か拝見してきましたけど、あの絵の作者だと申告しても不自然はないと思います。絵のタッチや筆遣いは横山佑子のそれでしたから」

「地井さんもそう思うんですね。僕も横山先生の絵を見ているし描いているところも見ているから、あの絵は横山先生のものかなと思っているところ」

「じゃあなんでセビルあおいにそのことを言わないのかしら? いちばんそばにいるあなたが言わないからのぼせあがっているんじゃないの」


「木屋さんには木屋さんなりのよいところもあるからね。絵を商売にする人からすれば、あれだけ自分を売り込むのに長けた人はなかなかいないと思うよ」

「その売り込みのために、横山佑子の絵を盗んだ可能性があるわけね」

「それはわからない。僕は警察でもなければ探偵でもないからね。ただの絵描きにしては自分の弱点をよく把握しているな、とは思うけど」

「セビル葵の弱点?」


「飽きっぽいってところだね」

「飽きっぽいのが弱点になるの?」

 地井玲香は疑問に思ったらしい。

「今問題となっている作品は明らかに根性が座っていないと描けないと思わないかな? 細かいところはかなり緻密に描かれているし、全体の色バランスもよく考えてから描きあげているように見えるからね」

「そう言われれば、確かに集中力がないと描けないかも」

 駿河がつぶやいた言葉を継いだ。

「比べると悪いんだけど、木屋さんの他の絵は早描きしたものがほとんどなんだ。おそらく集中力が続かないのと、売る作品にそんなに時間をかける意義を見出だせないんだと思うよ」


「そうか。絵が売れてしまえば注ぎ込んだ時間が売られるってことだものね。仮に五万円で売る絵に五十時間もかけていたら、時給千円になってしまうわ。これだとコンビニででも働いたほうが稼げるわね」

「つまり時間対効果にすぐれている絵を売っているわけだな。今はそれでも売れているから画家として成立している、と」

「そのためには客を呼び込む目玉が必要だよね?」

「それがあの作品ってことね」


「なんてこった。“とんぶり野郎”が予告状を出したから、かえって集客力がついちまったってわけか」

「そうなりますわね。あの絵を誰が描いたかが怪盗の本意を明らかにするには必要だけど、セビル葵からすれば、誰が描こうが客が呼べる絵であればよかったということね」


「地井さん。っていうことはだよ? セビル葵が横山佑子の絵を盗んだのは自明なんじゃないかな?」


「駿河くんの言うとおり。十中八九、セビル葵に盗まれた作品だと思うわ」

「これじゃあ怪盗が奪回に乗り出すのも当たり前のように思えてきたよ。おやっさん、今回は怪盗に黙って盗ませたほうがよくないですか?」


「バカ野郎! 刑事が目の前の犯罪を捕まえられんでどうすんだ! “とんぶり野郎”は確実に逮捕するとして、セビル葵もとっ捕まえて本当のことを吐かせてやる。そういうつもりで臨めってんだ」

「はい、肝に銘じます!」

 このぶんだとまだまだ秋山さんとの交際は話しづらいんだろうな。

 なにか実績を作ればひとりの男として認めてもらえるんだろうけど。怪盗は捕まえられなくても、木屋輝美を捕まえて立件できれば、もしかしたら手柄になるかもしれないな。


「それじゃあ怪盗か木屋さんか、どちらかでも立件できたらお手柄ってことになりますよね?」

「まあそうなるな。少なくともひとつの窃盗事件は解決するわけだし」

「それにはセビル葵の行動の裏をとらないといけないわよ。私は横山佑子の裏をとるので手いっぱいだから、セビル葵の裏どりは警察におまかせしたいところなのですけど」

「セビル葵一本で調べられたら、かなりのことがわかりそうですね。おやっさん、いったんコキアは置いといてセビル葵の裏を確認しましょう。もう時間がほとんどないけど、必死に足で稼げば一発逆転のタッチダウンが奪えるかもしれません!」

 駿河の熱意が浜松刑事に伝わったようだ。

「わかった。それじゃあ食べ終わったら地井さんは横山佑子に会って話を聞いておいてください。俺と駿河はセビル葵の裏をとる。で、体育教師の義統くんだが」


「僕は明日授業が終わったら木屋さんと合流することにします。今警察が自分の裏を探っているんじゃないかとかんづかせないためにも」

「それがいいな。よし、それでいこう。この四人で“とんぶり野郎”とセビル葵の両方を捕まえるんだ!」



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