第32話 複製の依頼 (第四章最終話)

「問題はそこって、よくわかりませんが」

 しらばっくれようか。どこまで追及してくるかはわからないが。


「あの神父さん、おそらく怪盗コキアとつながりがあるわね。でなければ本来の画家を主張するよこやまゆうと一緒に行動なんてしないと思うのよ。たぶん怪盗コキアの連絡役ってところじゃないかしら。おそらく画家のプロデュースをしているのも本当でしょう。パトロン探しをしているのも本当。でも怪盗コキアとのつながりは否定している。これが嘘だと思うのよね」


 ひとしきり考えたふうを装った。

「であれば、横山先生に出資することを条件に、神父とのつながりや怪盗コキアの正体について聞いてみたらどうでしょう? 画家としてパトロンがいるのといないのとでは生活に大きな影響が出ますからね」

「あなたのお父様とお母様のことかしら?」

「それは否定しません。画家だった母も、パトロンの父と出会って生活が安定し、その後相思相愛になったのですから」


「もしわたくしが横山佑子と付き合ったらどうするおつもり?」

「あまり性的マイノリティーを話題にしたくないので、その評価は置いといてください。ただ、横山先生の後ろ盾として地井さんが立ってくれれば、間違いなく横山先生は大成するはずです」

「私も数時間前に彼女の絵を何枚か見せてもらったけど、あれはたいしたものね。本気で世界を目指せるわよ」

「地井さんでもそう思うんですね。それなら世界進出も夢じゃない、か」

「そんな彼女のパトロンになれると思うと、投資も妙味がありそうね」

 すでに投資意欲はじゅうぶんありそうだな。


「僕としては絵の師匠がいなくなるので、せっかくの意欲が断たれてしまいますが。まあ先生が世界で活躍したほうがいいですしね。『僕はこの人から絵を教わったんだよ』って子どもに大きな顔ができるでしょう?」

 地井玲香はくすくすと笑った。

「いかにも小市民的な考え方ね。でもよしむねくんは高校時代からそのイメージが強かったものね」

 ちょっと膨れておこうか。

「“庶民派”ってことにしてくれませんかね? なんか“小市民”だと小馬鹿にされているみたいで」

「まあいいじゃないの。古くからの付き合いなんだから」

「機嫌直しといってはなんだけど、てるさんのパトロンは無理だよね?」


 攻撃の矛先を違う方向へ向けさせた。どうもこのまま話していると怪盗の話になりそうだったからだが。


「そうねえ。あの名画レベルの作品がゴロゴロ転がっていたら考えてもいいんだけど。他の作品は今ひとつパッとしないのよね。あの絵、やっぱり横山佑子の作品なのよね? 複製二枚も見せてもらったけど、絵のタッチや雰囲気なんかは明らかにそっくりそのままなのよ」

「じゃあどうすれば木屋輝美に投資できますかね?」

「そうねえ。まずはあの名画の複製をお願いするわね。それであの絵が本当にセビルあおい作なのかがはっきりすると思うのよ」

「でも本人は『酔った勢いで描いたから同じようには描けない』って言っていたような……」

「それって、明らかに自分の作じゃないって言っているようなものじゃない。怪盗コキアが盗もうと予告状を出したのも、それを嗅ぎつけたから?」


 できるだけさりげなく悩んでみせた。

「怪盗の考えはわからないなあ。ただ、仮に横山先生から依頼を受けて、木屋輝美さんが本当に盗んだのであれば、奪い返そうと考えても不思議はないわけか……」

「そのようね。もしわたくしが怪盗コキアだとすれば、横山佑子の目の前であの絵を盗んでセビル葵の鼻をあかすでしょうね。それが最も効果的だと思うから」

 まあ怪盗の仕事をすべて把握するのは、この名探偵でも無理だろう。事後で真相に気づくかもしれないが。


「であれば、土曜日に怪盗コキアが見られるってことか」

「私の目の前で動いてくれれば、クセとか特徴とか見抜けるんだけどね」

「なにせ怪盗だからね。姿を見せずに盗む方法を思いつくかもしれない」

「そんな非科学的なことが起こるとは思えないのよね。いくら怪盗と呼ばれているからといって、瞬間移動やテレポートなどが操れるとも思えないし」

 まあ仕掛けはすでに取り付けてあるから、後は当日のお楽しみではあるんだけどな。


「怪盗のことはよくわからないけど、木屋輝美さんに複製を頼んでみようか? それで再現度を見れば本人の作かどうかはわかるんじゃないかな」

「それもそうね。これから頼んでみましょう」

 そこで気づいた。地井玲香はまだ中に入っていなかったのだ。おそらく外で俺を待っていたのだろう。怪盗コキアの探りを入れるために。


「あれ、もう帰るところだと思っていたんだけど?」

「誰も『今帰る』だなんて言ってないじゃない」

「確かに。でもこの時間だから、もう帰りでもおかしくないかな、と」

「とぼけたことを言っていないで、早くセビル葵に会いに行くわよ」


 地井玲香が先頭を切って歩き出した。

 高校時代は受け身な印象を受けていたが、今は積極的に動いている。やはり刑事を経験していると自主性も身につくというところか。


 正面玄関へまわって、中へ入っていくと木屋輝美がサイン済みのパンフレットをダンボールへ戻していた。

「木屋さんお疲れさまです」

「あら、よしむねさん、それと探偵さんもご一緒で。仲がおよろしいんですか?」

「いえ、こちらの義統さんとは高校の同級生なんです」

「珍しいですわね。こんな状況下で同級生と顔を合わせるだなんて」

「本当、まさか同級生に会えるとは思いませんよ。同窓会でもあるまいし」

 こちらから切り出したほうがいいだろうか。

 地井玲香を横目で見ると、話す素振りがなかった。仕方がないか。


「木屋さんに頼みがあるのですが」

「あら、なんですの、改まって」

「できればあの作品の複製を作っていただきたいんです」

「複製を? それはまたどうして?」

「怪盗に盗ませるためですよ」

 この提案自体は以前浜松刑事と駿河がしていたものだ。だから答えもだいたい予想がついている。


「見に来る人の目当てだから偽物を作るのは気が引けますが、もう個展まで時間がありません。今からならギリギリ間に合うのではないか、と」

「刑事さんにも申しましたし、義統さんの言うように、期待してくれている人たちを裏切るような真似はできません。この提案、おそらく探偵さんの入れ知恵ですよね? でしたらお断り致しますわ」

「警察や探偵は、絵が盗まれないよう万全を期しますが、なにが起こるかわかりません。なにせ相手は“怪盗”なのです。どんな手で来られるか、予想致しかねますので」


「あなた方はのこのこ現れた怪盗とやらを捕まえるのがお仕事でしょう? であれば、そちらに全力を注ぐべきです。私は絵のそばから離れるつもりはありませんので」


 まあこういう流れになるだろう、という展開どおりになった。

 この時点では、警察も地井玲香も、当事者の木屋輝美も、真相を知りえなかった。




(第五章へ続きます)

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