第28話 個展への招待
個展当日の美術館の警備方針について
「つまり、
「そういうことですね。まあもし横山先生が木屋さんの手元にある作品に執着していないと怪盗が知っていれば、そのまま現れない可能性もあるからね。とりあえず芝居だけは打つつもりだよ」
「それならなんであなたが怪盗役にならないのかしら。駿河くんは刑事なのだから、普通部外者を怪盗に仕立てませんこと?」
ということは、やはり俺が怪盗コキアであると疑っているわけか。下手に答えるとヒントを与えかねないな。慎重に言葉を選ばないと。
「駿河がこの作戦を思いついたんだよ。自分が怪盗になるからって。だからそのままなりゆきで駿河が怪盗ってことになったんだ。僕は駿河を捕まえる警備員になるんだけどね」
「駿河くんもなんでそんなこと思いついたのだか。まあいいわ。私はセビル
なにかを見透かしたかのような視線を感じた。
「なに、あの“傑作”が実に素晴らしくてね。見惚れていたら
「じゃあ
「彼女の家の前にある『内藤絵画教室』の看板を見ただろう。茶色い猫と黒い犬が実にリアルだったじゃないか。あのくらい絵が描けるようになると、絵描きも楽しいんだろうなと思ってね。いつの間にか入会していたってわけ」
「ふうん。まあ筋は通っているわね。横山佑子はおそらく天才の類でしょう。今のレベルでもじゅうぶん世界で通用するはずよ」
「美意識の高い地井さんにそこまで言わせるくらい、横山先生はレベルが高いってことか。絵画教室に入って正解だったかな?」
「あなたの能力で、彼女の絵を模写してみたらどうかしら。きっと横山佑子に次ぐ実力にはなれるんじゃないかしら」
「ははは。無理だよ、彼女の絵を模写するのは。ずいぶんと絵を描いていなかったから、模写のやり方もわからないくらいなんだから」
「でも『内藤絵画教室』には入会できたのよね? 未就学児と小学生が対象だっていうじゃない」
「僕も驚いたよ。子どもに混ざって受けるとは思わなかったからね。おそらく子どもたちの世話をある程度僕に割り振るつもりだったのかも」
「そうかもしれないわね。六名もこどもがいると、なにか突発事が起こらないともかぎらない。大人の手があったほうが管理はしやすいでしょうし」
「あ、そうだ。いちおう言っておかないと。そのうち『横山絵画教室』に変わることになるからね。もう看板の手配は済んでいるらしいんだけど」
「ちょっと待ってね」
そういうとそばにいた男性に検索を依頼した。その結果が大きなモニターに映し出される。
「確かにWebページでも『内藤絵画教室』から『横山絵画教室』へと名称変更がなされていますわね。でもどうして変えるのかしら? 私の調べだと“内藤登喜絵”が雅号だったはずよ」
「本名で勝負しようという気になったってことじゃないかな」
「ということは、デビューも近いのかしら?」
「絵画教室のときに話を聞いたら、個展用に絵を描き溜めているそうですよ。枚数が揃ったら個展を開くのかも」
「まだ美大生よね?」
まあ美術大学に通うのはアマチュアだけだとは限らないのだが。
「でも美大生だからプロデビューしてはならないというわけでもないからね。もしそうなるのなら美大を辞めればいいわけだし」
「それで食べていけるのかしら?」
「僕の見る目が正しければ、やっていけると思うよ。おそらく地井さんもやれると思っているよね? 彼女の絵を見て木屋さんより上だって言うくらいだから」
「そこは間違いないと思うのよね。観客の目を惹く目玉作品が一枚でもあれば、セビル葵なんかよりよっぽど盛況なはずよ」
「それこそ、“あの名画”を取り戻せたら言うことはなし、というわけですね」
「そうなのよ。あの絵はプロデビューの足がかりにも足かせにもなりうると思うのよね」
「だから怪盗はあの絵を盗みに行く、と?」
「あくまでも可能性の問題ね。プロデビューを飾るにふさわしい絵がふさわしい画家の手にある。それが絵画の世界では重要だと思うのよ」
まあ実際のところ描いた絵を高値で買ってくれるパトロンを得たほうが早いだろう。
多くの著名な画家も、個展で食べていたわけでなく、描いた絵を高値で買ってくれるパトロンによって生かされてきたくらいだ。
パトロンの死後、所蔵していた作品が散逸して絵に高値がつく。
今はパトロンがほとんどいないため、展覧会に参加して賞を得てプロデビューする道を通る画家が多い。
だが、いきなり個展を開いて大々的にデビューする画家も少なくはない。セビル葵もこの手段でプロデビューを果たしたのだから。
横山佑子も展覧会など悠長なことを言わず、数を揃えたらすぐ個展を開くべきだろう。彼女の絵のタッチが世に知られれば、あの作品の本当の作者を誰もが認めるところとなる。
俺が横山佑子に早く個展を開けと言うのも、あの絵に秘められた真実が明らかになるからである。しかし地井玲香はそのことを知らない。それでいい。
地井玲香が横山佑子の近辺を探ったとして、俺へたどり着くときは“先生と生徒”の関係である。それ以外が出てきてもすべてそこに帰結するのだ。
そういう意味もあって横山佑子の絵画教室の生徒となったのである。
まあいつまでも地井玲香の目をごまかせるとは思えない。だが予告日までもう日数がないのだ。雑音を排して真相にたどり着いたとき、すでに事を成し遂げたあとである。
もう少し地井玲香の目を逸せば、おそらく彼女は横山佑子の今後について協力してくれるだろう。このビルを所有するほどの財がある。横山佑子のパトロンとしてもじゅうぶん期待できるはずだ。
そのためにも、地井玲香に横山佑子とのよい関係を築かせなければならない。であれば、個展初日にふたりを会場に呼ぶべきだろう。
「地井さん、木屋さんの個展の初日にはお出でいただけるのでしょうか?」
「私もあの絵の盗難事件を調べておりますし、怪盗とやらがどのような人物なのかも知りたいですから、必ず伺いますわ」
「それでしたら、横山佑子さんを連れてきていただけませんか?」
地井玲香は眉をひそめた。
「なぜ私が彼女を連れていかなければならないのですか?」
「僕は駿河とひと芝居打たなければなりません。なので木屋さんが嫌がることをするわけにはいかないんですよ。それにあの絵が横山先生のものであるのなら、その成り行きは見ておくべきではありませんか?」
横目をつかった地井玲香は、こちらを見つめ直すと申し出を許諾した。
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