第27話 偽コキア

 さも妙案が浮かんだかのごとく口を開いた。

「たとえばですが、すでに怪盗コキアの格好をした人物を潜ませて、本物よりも先に絵を奪わせて捕まえさせたらどうでしょうか。警備の実態も怪盗に伝わりますから、あまりの警備に恐れをなすかもしれませんが」


「なるほど。偽者を先に登場させて、本人を遠ざけようって魂胆か。面白い。警察としても怪盗を捕まえたと喧伝できますし、案外いい手かもしれんな」

よしむねさんさすがですわね。本物に警備の厳しさを見せつけて、手を出させない。素晴らしい作戦ですわ」


 ただし誰が偽者を演じるのか。それが難しい。

 怪盗に似た人物でなければ、警察や来場者を騙すのは至難の業だ。


「この案には条件があります。偽者は誰が務めるか、ですね。人選をうまくやらなければ怪盗や来場者を騙せないかもしれません」

「そう言われるとそうだな。警備員や警察の中から偽者を出してもいいが、それだけ警備が手薄になりかねん」

 はままつ刑事はこちらの懸念を理解したようだ。


「よろしければ僕が絵のそばの守りにつきましょうか。浜松さんや駿河するが、それにさんが許可してくれれば、ですけどね」

「警備がひとり欠けるからその穴埋めか。まあ義統くんは体育教師だし、格闘術にも詳しいんだろうけど」

「いちおう柔道を学んでいました」

「どうせ偽者に盗ませようという話だから、とりあえず義統についてもらって、偽者を捕まえさせましょう。であれば、僕が怪盗役でもいいと思いますけど」


 駿河がずいぶんと意外なことを言い出したな。

 刑事が怪盗役、怪盗が警備員役。

 状況を知っている者からすれば誠に滑稽である。


「それでいくか。とりあえずの怪盗を捕まえたら本来の配置に戻せばいいしな」

 浜松刑事も納得しているようだ。

「セビルあおいさんはいかがですか? まず偽者に盗ませようとして取り押さえる。そのあとで通常の警備に戻す案は?」

「来場者相手にひと芝居打つわけですね。私も怪盗が捕まったところを一度は見てみたいですわね。よろしいのではないでしょうか」

 これで決まりか。


「これ、探偵のさんにも伝えておいたほうがいいですね。当日警備に加わるだろうし。すぐに彼女へ伝えてみますよ」

「わかった。では地井さんには義統くんが伝えるということで。われわれが動くと警察が探偵に頼っているように見えるからな」




 警視庁に程近い地井探偵事務所へと足を運んだ。

 問題は彼女がまだ残っているかだが。

 ビルの受付で地井さんを呼び出してもらった。受付との雑談で、彼女がこのビルに住んでいることがわかった。これほどのビルに住まいを設けているなんて。彼女が継いだという資産は、警察を辞めざるをえないだけのものがあった、ということか。であれば彼女自身が身柄を狙われる立場にもなるわけだけど。

 だからこそ警備の行き届いたここに住んでいるのかもしれないな。


 十分ほど待っていると、エレベーター・ホールから地井れいが現れた。

「驚いたわね。まさかあなたがひとりでここへやってくるとは思わなかったわ」

「先ほどセビル葵さんの警備方針が決まったので、伝えに来ただけですよ。土曜は行くんでしょう、個展の警備に」

「ここでは人目につきすぎます。事務所に場所を移しましょう」


 地井玲香は俺を案内してエレベーターに乗った。

 到着したフロアはあいからわず殺風景だ。このフロアすべてが地井玲香の持ち物であり、探偵事務所と住居スペースを収めているようだ。


 地井探偵事務所に入ると、彼女の相棒がコンピュータで作業していた。

「実は今、セビル葵とあの絵の接点を探しているのよ。盗品専門の怪盗が狙っているということは、あの絵は盗まれたものである可能性が高いわ」

「木屋さんが描いた可能性は完全に否定できるものなのかい?」

「絵のタッチが異なるというだけでは実証できないのだけど、彼女と揉めたよこやまゆうの絵を見たら彼女のタッチのほうが近かったのは確かね。それに横山佑子もセビル葵があの絵を個展で掲げるようになった当初、セビル葵に“盗人”と噛み付いていました」

「でも横山先生は怪盗に依頼したことは否定していたよね。それでも彼女が犯人だと思っているのかな」


「セビル葵があの絵を横山佑子から盗んだという証拠に乏しくてね。描いた本人はあの絵がなくても同じものが描けるといって、実際に二枚描いているのよね。おそらく彼女はあの絵の元になった写真を持っているのでしょう」

 なかなかに鋭い着眼点だな。だが、やはり最初に見た絵が本物である、という固定観念からは出られていない。


「では、なぜ怪盗はあの絵を木屋さんから奪おうとしているのかな? やはり盗品専門じゃないってことなのかもしれないんだけど」

 地井玲香はきっぱりと答えた。

「怪盗コキアは間違いなく盗品専門ね。五件も連続していれば、主義もそこに現れていると考えてよいでしょう。問題は横山佑子がどうやって怪盗に接触したのかよ」

「でも怪盗へ依頼する理由がないわけだから、怪盗の単独行動とは考えられないかな?」


「単独行動?」


「そうです。セビル葵が美大生の作品を盗んで自分のものとして発表した。それに作者の美大生が猛然と抗議して返すように迫った。おそらく画壇でも相当話題になるはずだよね。耳にした怪盗が思い立って、彼女が絵を取り戻す手伝いを始めた」


「なるほど。だから横山佑子の裏をとっても誰にもつながらないのね。あくまでも怪盗が義心に駆られて予告状を出した可能性がある」


「少なくとも横山先生はあの絵の作者で、せっかく描いたものだから作者として他人に奪われたのは許しがたかった。でも落ちついて考えたら、同じ絵なら何枚でも描ける。だからあの作品にもこだわらないのではないか」

「筋は通っていますわね。となれば怪盗がその事情を知っていれば、絵を奪いに来ないかもしれないわけね」

「あ、そういうことになるのか」


「義統くん、ずいぶんと深い考えができるのに、肝心のところが抜けているわね。高校のまんまじゃないの」

「うるさいなあ。地井さんのように全科目百点がとれるような頭はしていないからね。どうせ及第点は八十点なんだから、二十点の減点くらいは大目に見てほしいな」

「それもそうね。で、当日の警備の話だけど、教えてくれるのよね?」



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