第26話 警備体制

 学校から直接てるの個展会場を訪れた。絵画の配置が完全に決まったようで、今はパンフレットにサインを書き続けている。

 努力するのなら、よこやまゆうを超えるような絵を描く努力をこそするべきだろう。


「木屋さん、お疲れさまです」

 問い詰めたいことを押し殺して平常どおりに応対する。

よしむねさん、こんばんは。これから夕食にしようと思っているのですがどうです。一緒に食べませんこと?」

 そういえばバク転とバク宙の披露があったから、食事もせずに駆けつけたんだった。

「そうですね。私もまだですのでなにか食べましょうか。たしか近くにコンビニがありましたよね?」

「コンビニ弁当なんて味気ないわね。私が奢って差し上げますので、イタリア料理でも食べませんか?」

「ですが、女性に奢ってもらうのは気が引けます。いくらかお支払いできる程度の店にしていただけると僕の男も上がるのですが……」


 木屋輝美はくすくすと笑い出した。

「義統さんって男気があるようでいて、意外と庶民的なんですね。でもだいじょうぶですよ。絵が一枚売れれば元が取れるようなお店ですから」

 ってことは数万円はするってことだよな。こういう個展で数千円の絵を出すわけもあるまい。

 まあワインのように、安くてもそれなりに味わいが楽しめる絵画というものもあるにはあるのだが。

 木屋輝美の絵はつねに強気な価格設定だ。それもあの非売品の“傑作”があるからだろう。拙い初期作でもいつかは高額で売買されるだろうという投資筋が主に買っているのだろうか。


 木屋輝美はあの“傑作”にいくらの値を付けるつもりなのだろうか。

 非売品とはいえ、あれだけの名画はパトロンの所有欲を満たすにはじゅうぶんな出来栄えである。手付けにしてすぐれたパトロンが確保できたら。

 おそらく木屋輝美の狙いはそれだろう。まあそのあたりはあの切れ者・れいが調べ始めているはずである。個展が始まる土曜までに、裏の関係は徹底的に調べあげているはずだ。




「ここのガスパチョは一級品ですわ。義統さんのお口に合えばよろしいのですが」

「実は自分で食事を作っておりまして。外食自体することが珍しいんです。ですので、どのようなものでもおいしく感じますよ」

「いつもはこんなものは食べないのですけどね。私も」

 よほどうまいものをたらふく食べているのだろう。その資金も絵を売って得ているはずだ。画家であれば当たり前ではある。

 しかし本来横山佑子が得るはずだった評価を掠め取っているのは間違いない。


「ところで、偽物の件ですけど、本当に対策しなくてだいじょうぶでしょうか? 僕が描いても子供だましですが、木屋さんが描けば偽物とはまずバレないと思うんですけど」

「さようですね。ですが今から描いても間に合いませんわ。それに昨日申しましたが、私の個展に来てくださる方々はあの絵が目当てなのです。その方々を騙すようなことはできません」

 プライドの高さがこちらの付け入るスキでもあるのだが。


「わかりました。それではセキュリティーを強化するしかないですね」

「ええ。警備会社とも相談して、重量センサーや消火設備を設置していただいております」

「消火設備、ですか? まさか泡の消火剤ということはないですよね」

「ええ、コンピュータにも用いる二酸化炭素のものですわ。火が燃えるには酸素が必要ですから」

「なるほど。二酸化炭素なら絵にダメージなく火が消せますね。ですが怪盗はなんと指定してきたのですか? 盗むのであれば火をつける必要はありませんよね」

「怪盗は『奪回する』と予告してきたようですわね。詳しくはあとでお見えになるだろう警察の方々からお聞きしてください。それより、今は食事を楽しみたいわ」

 あとはふたりで食事を味わうだけだった。




 美術館に戻ると、はままつ刑事と駿河するががすでに到着していたようだ。

「お食事にいくのなら、ひと声かけていただきたかったところですな」

「あら、別によろしいではありませんか。別に私が狙われているわけではないのですから」

「そうなのですが、あなたを誘拐してあの絵を奪う算段かもしれませんからな」

「怪盗ではなく強盗になってしまいますわね。そのように乱暴な方なのですか? 普通、怪盗といったらスマートに盗んでいくイメージがあるのですが」

「やつはまだ五件しか犯行をしていません。今までが怪我人なしだったとしても、いつ凶暴な本能を表すのか、私どもとしても計りかねているのです」

 浜松刑事の言葉には、暗に怪盗の恐怖を煽って警察の警備を増やしたい意図もあるのだろう。

 しかしこちらはすでに仕掛けを完了している。たとえ重量センサーを設置してもまるで意味がないのだが、それを知っているのは俺と神父と依頼人の横山佑子だけだった。


「では、昨日からどのような対策をとったのか。ご説明いただけますかな」

「わかりましたわ。まず重量センサーを設置しております。これで持ち逃げしようとして作品を外したら警報が鳴ります」

「警報だけですか? たとえば自動的に手錠がかかるような仕掛けもなしで?」

「美術館の警備員と警察が守ってくださるのです。警報が鳴ったらすぐに怪盗を取り囲めば済むことではありませんか?」

 駿河がふたりに割って入った。

「そうなのですが、盗まれてからはなにをするかわかりません。屋上からハンググライダーで飛び去るかもしれませんよ」

「それでは屋上へ続く階段に警備員を置いて封鎖すればよいではありませんか。想定される逃走経路を潰すのも、警察の仕事ではありませんこと?」


 さすがに駿河も閉口したようだ。

 まあ確かに逃走経路を断ってしまえば、館内に怪盗を閉じ込めることはできる。階段を封じ、ホールとトイレ以外の部屋も封鎖してしまえば、逃げ道を完全になくすこともできる。

 しかしそのためにはかなりの規模の動員が必要となるはずだ。木屋輝美にはそこがわかっていないようだ。

「木屋さん、すべての逃走経路を断つには膨大な人員が必要となります。おそらく美術館の警備員と警察だけでは限界があるかと」

「それでは追加で民間の警備会社に来ていただこうかしら」


「待ってください、セビルあおいさん。すでに開催日が迫っている段階で民間警備会社を呼べば、その中にコキアが潜んでくる可能性があります。美術館の警備員はすでに身分を確認しておりますし、警察も動員する警察官を洗っています。ここに怪盗が潜んでくる可能性がある民間警備会社を入れては、警備にスキを生むようなもの。今より状況が悪くなりかねません」


 ではどうすればよいのか。ここにいる誰もが考えている。

 妙案は浮かんでくるのだろうか。



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