第20話 盗まれたと叫んだ女性

 三人の話が盛り上がってきたところで、駿河するがのスマートフォンに電話がかかってきた。どうやらはままつ刑事かららしい。


「おやっさん、こんな時間にどうしたんですか? ──えっ、あの作品を“盗まれた”と言っていた女性がいたらしいんですか!? ──はい、わかりました。すぐに本庁へ戻ります」

 よこやまゆうのことだろうか。まあ前回の個展で激しく主張していたから、当時の学芸員でも憶えている人はいるはずだ。

「じゃあ僕の車で送るよ。あきやまさんも送っていったほうがいいだろうしね」

「あら、私がここにいるとなにか都合が悪いの?」

 なにやらわけありげな雰囲気を醸し出しているが、無視することにした。

「ああ、駿河に余計な気を遣わせることになるからね」

「それもそうね。わかったわ、じゃあ帰りましょうか。よしむねくんの車ならタクシー代もかからないしね」

「ということだから駿河、ちょっとだけ遠まわりしていくからな」

「ああ、かまわない。タクシー代の節約にもなるし助かるよ」

 俺の車でそれぞれ目的地まで送っていった。




「おや、義統くんどうした? 君は呼んでいないはずだが」

「駿河くんがうちにいましたので、送ってきただけですよ」

「そういえば義統くんと駿河は、うちのと同級生だったか」

「はい。ふたりを応援しています」

「応援? どういうことだね」

「お、おやっさん! それより女性のことを詳しく聞かせてください」

 駿河は慌てていた。このぶんだと付き合っているとは言い出せていないらしいな。

「おう、そうだった。その女性は前回の個展の初日に現れたらしくて、ひともんちゃく起こして警備員に連れ出されたそうだ」

 やはり横山佑子のことか。まあすでに絵も戻ってきているし、今警察が向かっても怪盗のことはしゃべらないだろう。


「で、どこの誰なんですか、その女性は」

「それはこれから聞き込みだ。だが“とんぶり野郎”の尻尾は掴めそうだぞ」

 しかし、誰かもわからない状態からスタートしていたら、土曜までに横山佑子へすらたどり着けないだろう。

「でしたら探偵に聞きましょう。さんなら、なにかわかるかもしれない」

「だがなあ、捜査はわれわれの管轄だぞ。あんな成金お嬢様探偵に聞いて、なにかわかるものかね?」

「いちおう僕たちの同級生でもあるんですよ。その成金お嬢様探偵は」

 浜松刑事に事情を口添えする。

「そうなのか、駿河」

「あ、はい、そうです」

 とはいえ、どこに探偵事務所を構えているのか知らないわけだが。

「ちなみに地井さんの探偵事務所ってどこにあるんですか?」

「一課の土岡警部に聞けばわかるだろう。噂だとうちの近くに構えているらしいが」

「土岡警部ですね。ちょっと聞いてきます」

 駿河が居心地が悪そうに駆け出していった。

 駿河が視界から消えると、浜松刑事が近づいてきた。


「義統くんはうちの理恵と同じ学校で教えているんだったな」

「はい。まあ全日本代表コーチの秋山さんと比べたら、下っ端もいいところですけどね」

「役に立てそうかな、あの子は」

「人を見る目は確かなようですからね。まかせてだいじょうぶだと思いますよ」

「どうやら最近付き合っている男がいるという話を家内から聞いているんだが、義統くん、君かね?」

「違いますよ。駿河くんです」

「あいつがか? どうにも頼りないやつを選んだもんだな」

「でも人を見る目は確かなようですから。娘さんを信じてあげてください」

「まあ俺がびしびし鍛えてやるしかないか」

 ボサボサの頭を掻きながら、どこかしっくり来ていないようだ。


「娘さんと付き合っているのが駿河くんだってことを話したのは、彼に内緒にしてください」

「どうしてだ?」

「駿河くん本人が浜松さんに伝えるよう、僕たちは発破をかけているんですよ。だから勇気を出すトレーニングだと思って見守っていただけたら、と」

「なんとも情けないやつだな。やはり義統くんにまかせたほうがよさそうだ」

「僕はしがない体育教師ですからね。娘さんを養っていけるほどは稼げませんよ」

「それは駿河にも言えるんじゃないか? あいつだって平のままで終わるかもしれんぞ」

「まあ守るものが出来たら、駿河くんも変わると思いますよ──と、戻ってきましたね」

 まもなく休憩室に駿河が戻ってきた。

「土岡警部に事務所の場所を聞いてきました。確かにここからすぐのところですね」

「あそこのビルにあるのか、探偵事務所が」

「でも、もう夜ですから明日出向きましょう。義統、済まないがここで帰宅してくれ。あと地井さんに会えそうな日付って今わかるか?」

「まあ平日だと夕方以降はどこも空いているけど。肝心のてるさんの個展が土曜だから、急ぎなら明日でもかまわないよ」

「義統くん、いいのか? 聞き込みは俺たちでなんとかするが」

「いえ、おそらく僕の知り合いにたどり着くはずですから。その女性のアポイントメントに関しては僕にご一任いただけたら」

「その女性と知り合いなのか? だったら探偵事務所など使わずにそちらに直接出向いたほうがいいんじゃないかね」

 俺はかぶりを振った。


「いえ、警察はきちんと捜査をした結果たどり着くべきです。そこを横着していては捜査能力自体が衰えてしまいますよ」

「ははは。素人に一本とられたな。駿河、お前もしっかりと捜査術を磨けよ。じゃあ明朝に探偵事務所へ向かうぞ。義統くんもお疲れさん。調べがついたら君の知り合いに会わせてくれるんだな」

「はい、そのつもりです。じゃあ明日、連絡をお待ちしております」




「……というわけで、明日以降に警察の方とそちらへ伺いますので、今のうちにあの絵は隠しておいてください」

〔わかりました、義統さん。ご連絡ありがとうございます。あの絵が戻ってきて私、自分をもっと信じてみようと思ったんです。で、まず雅号をやめて、本名で活動していこうと思っています〕

「いい傾向ですね。プロデビューするにはとにかく作品の数を揃えることと、質の高さを追求すること。きちんと売れる絵が描けるのならば、画壇の人にも認めてもらえるからね。小説なんかと違って、必ずしもどこかの賞を獲る必要はない。個展を開いて絵が売れればプロになれる」

〔そんなに簡単にプロになれるんですか?〕

「ええ。個展を開けるだけの作品が出来あがったら、あの神父に相談してください。前にも言いましたが、彼は芸術のプロデュースもしていますから。個展の開催費用も出してくれるはずです。その代わり売上の数パーセントが手数料になるから、心しておいてください」

〔わかりました。それではこれからも絵をどんどん描いていきますね。義統さんほど上手には描けませんが、あの絵が私のひとつの到達点だと思うんです。高いレベルをコンスタントに描けるように努力します〕

「じゃあ明日以降にお会いしたら、適当に僕に合わせてくださいね」



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