第19話 懸案の確認

 立腹ぎみのてるを見ていて、聞き出すタイミングを見計らうことにした。

「まあ怪盗とやらの予告状が届いたからといって、絵の価値が変わるとも思えません。それに予告されたのは個展の初日です。その日の警備を万全にすれば、さして問題にもならないでしょう」

「しかし、この絵を盗みに来るのであれば、当日は入り口で所持品のチェックをしたほうがいいのかしら?」

「それで木屋さんが安心できるというのであれば。まあこれが盗品でないのであれば、そんなに恐れる心配はないでしょう。もし怪盗が盗品専門なのであれば、狙われる筋合いはありませんからね」

「でも価値の高い絵を狙っているのだとしたら……」

 まずは木屋輝美の警戒心を解いておくか。


「ですから、そのためにも警察に警備を増強してもらうといいんですよ。しょせん税金で働いている方々なんですから。ただで守りを固められるなら、ちゃっかり乗っかっても悪くないと思いますけどね」

「そういえば、先ほどの刑事となにやらお知り合いのようでしたが?」

「若いほうは駿河するがといって、僕の高校時代の同級生なんです。だからもし怪盗が彼に化けていたとしても、僕なら看破できます。年上のほうははままつさんで、捜査三課の刑事ですね。たしか警部補になっていたと思いますけど」

「そのふたりがよしむねさんのお知り合いなら、警備を頼もうかしら?」

「盗品でなければとくに守りを固める必要はないとは思いますが、ただで警備してもらえるのなら、使わない手はないですね」


 さりげなく警察の動員を勧めた。警察の目の前で仕掛けが作動したら、取り返しのつかない状況になるはずだからだ。


「ところで、この作品っていつ頃描いたんですか? 画家の方って一枚ごとに絵柄の変わる方もいるとお聞きします。今回の展示作のうち前後がどの作品なのかなと。ちょっと興味を持っていまして」

 木屋輝美が腕組みをして目を閉じている。

「そうね。この作品は春に描きあげたばかりです。群馬県にある別荘で描きました。その前はたしか十四番で、その後は十六番ね」

「ということは、今回の展示でこの作品の前後がちょうど描いた順番に並んでいるんですね」

 確かに十六番は“傑作”のタッチを真似ようという筆遣いを感じていた。だから絵を飾るときに、あえて十六番にタッチの似た作品を持ってきたわけだけど。

「群馬県の別荘って、管理人は置いているのですか? それとも空き家にしてあるのですか?」

「基本的に空き家ですわ。いちおう防犯カメラを取り付けてあって、うちのパソコンでチェックできるから、暇なときや絵を描いているときの気分転換で眺めることはあるわね」

 ということは、あの探偵に動いてもらえば裏がとれる可能性もあるのか。

「ちゃんと描いた日も憶えているし、前後の作品もはっきりしている。これなら警察が盗品を疑っていても、木屋さんの作であることは疑いようもないですね」

「そう言ってもらえると助かるわね」

「僕も高校の体育教師なのですが、来週個展が始まる土曜日まで毎日来る予定です。個展までにセキュリティーを厳重にしていただけるとありがたいのですが」

「わかったわ。次に警察の方が見えられたら、そのときに警備に入ってもらうようにしておきます」




「というわけで、近々警察に連絡が入るはずだよ」

 浜松刑事の娘である同じ高校の女子体操部コーチのあきやま、そして駿河とものりが僕の家で集まっている。

「ようやく警備の許可が下りるのか。ここまで長かったなあ」

「それで彼女のアリバイなんかは確認したのかい」

「ああ、春に別荘に行ったときに描いた、という話をセビルあおいから聞いたという人物が数名いてね。しかもたいがひとり入っているので、裏付けとしては強力だと思うんだ」

「それに関しては、例の探偵に確認してもらったほうがよくないか?」

「例の探偵って?」

「捜査一課出身のれいさんだよ。聞いた話だと、画像解析のプロを雇ったとか。今回の裏どりにも役立つんじゃないか?」

 駿河は後頭部を右手でさすっている。

「まあ僕はよいとして、おやっさんがどう思うかだよね」

「捜査一課落ちの探偵にまかせられるか! って、父なら言いそうだわ」

「ははは。まあダメ元で頼んでみなよ。セビル葵が臭いとにらんでいるのなら、捕まえる絶好のチャンスになるからね」

 ここまでのお膳立ては整っているから、あとは警察が動き出してくれればいいんだけど。


「そういえば駿河。お前、浜松刑事にちゃんと秋山さんと付き合っているって説明したか?」

「実はまだなんだ」

「こういうことは早いうちにはっきりさせたほうがいいぞ。隠している時間が長くなるほど意固地になるような人だと思うから」

 怪盗コキアから手玉にとられている状況だ。どんどん頑なになってもおかしくはない。

「まあコキアのおかげで盗品売買の現場を押さえたことも一度や二度じゃないからな。言うなら今なんだろうけど」

「今回も逃したらたいへんだぞ。セビル葵の警備に入る前に伝えたほうがいい。なんだったら僕から言ってもいいくらいだけど」

「ちょっと待て。お前にまかせたら、おやっさんから怒鳴られてしまうよ。『なんで自分の口で言わねえんだ!』ってな」

「それがわかっているのなら、すぐに伝えてほしいところなんだけど。私も全日本の強化合宿に帯同しなければならないから、それほど空き時間があるわけじゃないし」

 駿河も理恵も、今日はソフトドリンクしか飲んでいない。日曜夜だから仕方がない。三人とも休み前じゃないとアルコールも満足に飲めない職業なんだよな。

「明日にでも伝えておくんだな、駿河くん。後にまわすほどやっかいなことになるぞ」

 これみよがしに釘を刺しておいた。まあこの話題にも飽きたことだし、他の話でもするか。


「それで、例の怪盗の正体はつかめそうか?」

「急な話だな。まったく尻尾を掴ませないよ。“盗品”だから元の持ち主に話を聞いているんだけど、皆ががんとして口を開かないんだ。まあ彼らが悪いことをしたわけじゃないから、事情聴取するわけにもいかないし」

「じゃあ今回の作品はどうなんだ? 誰かが怪盗に盗み返すよう依頼した、とか。そういう形跡はないのか?」

「まったくだね。とくに今回は誰々の作、とわかるような画家が見当たらないんだ。だから誰が本来の持ち主なのかを特定できていない。このあたりで警察の限界を感じるよ」

「だから地井玲香さんに頼めって言ってるんだよ。あいつも俺らの同級生じゃないか」

「それもそうだ。悩み相談という形でさりげなく依頼してみようかな。でも依頼料が高くなるかもしれないしなあ」

「警察が頼みづらいのであれば、僕から頼んでみるけどどうする?」

「いいのか、お前。いくら高校で仲が良かったからって」

「まあ、なんとかなるんじゃないかな。先方がすでになんらかの依頼を受けていたら無理だろうけど。でも彼女なら同級生の頼みくらいは聞いてくれると思うけどね」

 楽観主義だが、ここで地井玲香が乗ってこないことには、厄介な存在になりかねないからな。



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