第18話 捜査開始

 大胆なタッチで描かれた都市の遠景に、繊細な筆遣いの人物前景を見事なコントラストで描いた、まさに“傑作”の名にふさわしい絵画である。

 はままつ刑事と駿河するがはその出来に感嘆した。

「こんな絵よりももっとよい作品が飾ってありますので、ぜひご覧になってくださいませ」

 てるはふたりの刑事に勧めている。


 促されるように展示物を見てまわっているが、渋い表情を浮かべて戻ってきた。

「いかがでしたか。この作品に負けず劣らずの素晴らしい出来映えだったでしょう」

 勝ち誇ったような木屋輝美の姿を見せつけられたふたりの刑事は、なぜ怪盗が“傑作”を狙っているのか、わかったような気になったらしい。


「失礼ですが、セビルあおいさんは怪盗が“盗品専門”であることをご存じですか?」

 浜松刑事が我慢しきれず口を開いた。

「あら、初耳ですわね。でも、どの作品も私が描いたものですから、“盗品専門”というのは怪しくありませんか?」

「そうでしょうか」

 駿河が割って入る。

「飾ってあるすべての絵を見ましたが、この作品だけがまったく異なるタッチで描かれているように見受けられます」

「あら、刑事さんは絵を見る目がございませんのね。これは間違いなく私の筆です。専門家も太鼓判を押していますわ」

「しかしですね、セビル葵さん。これまで“盗品”しか奪っていない怪盗がこの絵を指名してきたのです。これが本当にあなたの作品なのか。確認する方法はおありなのですか?」

「私のサインが描いてありますわ」

 作品の右隅にあるサインをこれみよがしに指差した。

「これだけではわかりかねますな。サインなんていくらでも上書きできる」

よしむね、お前はどう思うんだ?」

 当然こちらに話を振られたか。まあ駿河とセビル葵の間にいるわけだから、仕方ないか。


「僕には誰の作品なのかはわかりかねます。ただ、いい絵だということくらいはわかりますけど。そもそもタッチがどうだの筆遣いがどうだのは、絵の評価としてはそんなに重要なことなのでしょうか?」

「そういうことを聞いているんじゃない。怪盗に狙われるような絵なのか、だ」

 少し考えたふりをしてみた。

「まあ、他の作品とは毛色が違うようには思いますけど、それも木屋さんの作でないと断言するだけの材料はないと思います。すでに他の個展でもこの作品が目玉になっていますから、批評家の方々からも木屋さんの作という評価はなされていると思います」

「義統さんありがとうございます」

 勝ち誇ったような表情を浮かべている。こんなやつのアシストをせねばならないとは。


「では鑑定士を呼んでもかまいませんかね? 見る人が見れば別人の作だとはっきりすると思いますが」

「私の絵がわかっている方でなければ意味がありません。私が契約している鑑定士をお呼びいたしましょう」

「いえ、ここは警察が契約している鑑定士にお願いしたいのですが──」

「であれば鑑定士など呼ばないでいただきたいものね。私の作にケチをつけられたくはありませんので」

「この作品が盗品であることをお認めになる、ということでよろしいのですか?」

 この言葉にカチンときたようである。ややヒステリックな声色になった。


「誰がなんと言おうが、この作品は私のものです! 他人の作なはずがありませんわ。警察の方に警護していただかなくてけっこうです。どうせ警戒が厳重でセキュリティーも万全、衆人環視の中で、どうやってこの作品を盗もうというのかしら」

「方法はわかりかねます。ですが、コキアは一度狙った獲物は逃しません。必ず奪い取られるとわかっているのに、警察がなにもしないわけにはまいりません。現にコキアから予告状がわれわれの元に送りつけられております」


「その怪盗コキアとやらは、実際盗品専門ではなかったってことじゃないかしら。価値のある絵ならなんでもよい。たまたまこれまでが盗品だけだった、とはお考えになりませんの?」

「警察としては“二度あることは三度ある”と考えております。これまで五件の犯行のうち、五件とも盗品だったのです。六件目が盗品でない確率のほうが低いと思いますが」

「義統さん、警察の方にはお帰り願ってください。私は展示品のチェックを行ないますので」

 木屋輝美の要請を無視するわけにもいかず、浜松刑事と駿河を美術館の外へと連れ出した。表に出ると外気は冷え始めていた。


「義統、あれがセビル葵の作だと本当に思っているのか? どう見ても他人の作だろう、あれは!」

「それなら怪盗に盗まれてもいいんじゃないかな。仮に盗品だったとして、怪盗に奪われた作品が作者以外の手から取り上げられるだけだから、損失は出ないわけだし」

「しかし、警察にもメンツがある。俺たちに予告状を送ってきたってことは、あの絵が盗品であるとコキアが教えてくれているようなものなんだぞ」

 駿河の興奮を冷ますように、ゆったりとした口調をとった。

「それなら、あの絵の由来を捜査すればいいじゃないかな。僕には権限がないからできないけど、警察には捜査権があるんだろう? グレーなものを今のままにしておくのか、仮にクロだったとしたら“盗品”ということであの絵を差し押さえて怪盗に盗まれないように対処すればいい」


「ここは義統くんのほうが一枚上手だな。確かに俺たちには捜査権がある。君は一般人だから調べる術がない。だから、あれがセビル葵作だと言われたら信じるほかないわけか」

「そういうことです。まあ僕も怪盗は盗品専門だとは思いますので、予告状とやらが届けられたというなら盗品の可能性も視野に入れたほうがよいでしょうね」

「駿河、俺たちはセビル葵の周辺を聞き込むぞ。あの絵をいつ描いたのか。それだけでもわかれば突破口になるかもしれん」

「わかりました、おやっさん。じゃあ義統、お前もセビル葵からなにかヒントを聞き出しておいてくれないか? いつ頃描いたのか。その前後の作はどれなのかなどだ」


 今回の個展のパンフレットと前回手に入れたパンフレットを二組、駿河に手渡した。

「絵の聞き込みであれば、写真でもないと説明しづらいだろ? それを見せれば話を聞きやすいはずだから」

「助かるよ。個展の開催日までにはなんらかの証拠を手に入れてくる」

「こちらもできるだけ聞き込んでみるよ」

 スマートフォンを取り出して通話する素振りを見せる。

「情報、待ってるぞ」

「まかされた」



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