第三章 狐と狸の化かしあい
第17話 予告状
セビル
個展は来週土曜から開催され、今日は絵を飾る手伝いをしている。
すでに刷り上がっているパンフレットを片手に、一枚ずつ間違わないように絵をフックにかけていく。
「やはり体育教師ね。あっという間に絵が飾られていくわ」
「お褒めいただき恐縮します。このくらいしかお役には立てませんからね」
三十枚の絵がものの数十分でかけ終わった。
「あの名前のない作品がないようですけど、今回は飾らないんですか? パンフレットには表紙と中ほどの目玉の展示として写真が添付されていますけど」
「ああ、あの絵は今からとりに行くところです」
「一緒に行きましょうか?」
「いいわ。どうせ警備員と一緒に運んでくることになりますから。これ以上の警護は不要よ」
まあ、まさかすでにすり替えられているとは気づくはずもないだろう。
「それじゃあ今飾った絵をきちんと整えて、予備の絵も番号通り並べ替えておきますね」
「お願いするわ。私は警備会社へ行ってきますので、留守を頼みます」
木屋輝美は表に待たせてあったタクシーに乗り込んで出ていった。
入れ替わるように、ふたりの人物が準備中の美術館へ入ってきた。
「あ、すみません。開催日は来週なので、勝手に入ってこないでください」
ふたりを押しとどめてお帰り願おうと一歩前に踏み出した。
「なんだ、
やってきたのは
「義統、お前ここでなにしているんだよ。
「駿河、浜松刑事、お久しぶりです。実は今回の個展を開催する木屋輝美さんと知り合いだったものでして。ちょっとお手伝いに来たんです」
「知り合いねえ。まあいい。セビル
「あ、セビル葵は木屋輝美さんのことですね。今警備会社に預けているという作品を持ってくるそうです。その間の留守を頼まれています」
いつも以上に丁寧に対応していく。
「そうか。実は“とんぶり野郎”から予告状が届いてな」
「“とんぶり野郎”……。ああ、あの“怪盗”ですね」
「怪盗なんて現実には存在せんのだよ。想像の世界にしか存在しない」
「実は警察にコキアからの予告状が届いてね。やつは盗品専門だっていうので、まずは作品を指名されたセビル葵さんから話を聞こうと思っていたんだけど」
「そう遠くないところに作品を保管しているようなので、あまり待たずに会えると思いますよ。こちらに控室がありますので、くつろいでお待ちくださいませ」
「義統くんすまんね。それじゃあ待たせてもらおうか」
「でも、“怪盗”が狙うような絵はないと思いますけど?」
「それは僕らも考えたんだけど、実際コキアから予告状が届いたからね。これまで狙った五件はいずれも盗品。だから今回も盗品なんじゃないかと警察は考えているんだけど──」
「駿河、捜査のことについて部外者にペラペラしゃべるんじゃない」
「わかってますよ、おやっさん。でも義統は今回、セビル葵の知り合いのようなので、まったくの部外者というわけでもないですし」
「それもそうか。ここにある絵をまかされているくらいだから、セビル葵と親しいのは確かなんだろうな」
「まあ知り合ったのはつい最近なんですけどね」
「最近ってどのくらいだ?」
「一か月前くらいからですね」
「ということは関係ない、か。“とんぶり野郎”が予告状を出したってことは、すでに潜り込んでいる可能性が高いと踏んでいたんだが、一か月前だとあいつより前に知り合っていると見ていいだろう」
「まあ義統は体育教師だから、コキアの身のこなしは真似できるとは思うけど、美術はふざけて書いた模写がうまかっただけで、評価は低かったものなあ」
「それならうちの警備にも欲しいくらいだ。“とんぶり野郎”をふん縛ってくれるわ」
「おっと、僕は作品をまかされているのでホールに戻りますね。浜松さんと駿河はもう少しここで待っていてください。木屋さんが到着したらすぐにご案内いたしますので」
ふたりを残して飾ってある絵を一枚ずつ整えて、予備の作品も番号順に並んでいるのを確認していく。木屋輝美にまかされたことをひとつずつ確認しながら一周した。そうして“傑作”が飾られる場所を感慨深く眺めることになった。
ここに仕掛けが施されたあの絵が飾られるわけか。
目の前で繰り広げられるであろう事態を想像すると、思わずにやけてしまう。
しばらく想像に浸っていたが、他の部分に見落としがあっては信頼を失いかねない。あの保管場所からならあと十分ほどで戻ってこられるはずだ。今のうちに抜け落ちはないか、入念に見まわることにした。
よし、すべて完璧に仕上がった。あとは“傑作”が飾られればすべてが揃う。
「義統くん。セビル葵はまだかね」
「じきに戻ってくるはずです。どこまで出ていったのかは伝えられていないので、確かなことは言えないのですが」
「本当にすぐ来るのかね。こちらも仕事できているんだがな」
まあ保管場所からすぐにこちらへ向かっているのならいつ来てもおかしくない時間帯ではある。
「館内の自販機でお茶ばかり飲んでいるから、トイレが近くてな。どこにあるか知っとるか?」
「あ、はい。浜松さんがいらした場所からホールを通して反対側の突き当たりの右手がトイレです」
「どこを探してもトイレがないわけだ。いや助かったよ」
浜松刑事はそそくさとトイレへ駆け出していった。まあ飲むだけ飲んで運動もしなければ、トイレが近くなって当たり前だが。
ホールから表を見ていると、警備会社のワゴン車がちょうど停車するところだった。
「駿河、セビル葵さんが戻られたから、浜松さんをすぐ呼んできてくれ。僕はそれまでつないでいるから」
わかった、と駿河が走っていく。
警備会社のワゴン車から木屋輝美が降りてきて、後ろからあの“傑作”を収めた額装が姿を現す。
玄関の自動ドアを開けて、警備員に運び込まれる様子を見守った。
トイレから刑事ふたりが駆け戻ってくる。
「ただいま戻りました。義統さん、変わりはありませんでしたか?」
「木屋さん、ご紹介したい方がいらしております」
「紹介したい方?」
すると浜松刑事は急いで水で濡れた手をハンカチで拭った。そして背広の内ポケットから警察手帳を取り出して広げて提示する。駿河もそれに倣った。
「私、警視庁捜査三課の浜松です」
「駿河です」
「警視庁、ですか? なにがあったんですの?」
木屋輝美が目つきを険しくしている。
「実は“とんぶり野郎”──いや“怪盗コキア”から予告状が届きましてな」
「予告状? “怪盗コキア”から?」
「はい、怪盗が“無名の名画を頂きに参る”と名指ししてきたのです。“無名の名画”とやらがどの作品かわかりかねるのですが、心当たりはおありですか?」
「“無名の名画”ねえ。まあ確かにありますけど。ご覧になりますか?」
「是非にも」
木屋輝美は警備員に指示を出して、専用の展示スペースへそれを運ばせて封を解いた。
「おそらくこれが“無名の名画”だと存じます」
額装を持ち上げると、慎重に展示スペースの金具へ取り付けていく。
「おお、これが……」
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