第16話 予告状の配達 (第二章最終話)
教会へ着くと、水田が出てきて秘密の地下ガレージを開き、そこへ愛車を進入させた。
ガレージの中に入っても、車の中からは出ずに話を進めていく。
「今回のトリックに見合うような装置を仕込んでおいたぞ。これがそのスイッチだ」
黒くて一辺五センチ、厚み三センチほどの四角い物体が渡された。天盤にふたがついており、スライドさせると赤いボタンが現れた。
「有効範囲は十メートル。ボタンを押し続けている間は仕掛けが動き続ける。これでセビル
「こちらも仕上げてきた。描いた本人にも見分けがつかないほどのレベルだそうだ」
「
「ああ、本物も先ほど彼女に返還している」
さすがの水田も驚いていた。まさか予告状を出す前から依頼人に本物を返すなどあり得ないとでも思ったのだろうか。
「これで彼女には仕掛けを発動させる動機がなくなるからな。いちおう初日に個展へ行くよう言い含んでおいたが、来るかどうかは当人次第だ」
「となれば、あとはセビル葵を追い落とすだけか」
「そのためのこの額装だからな」
仕掛けを試そうとも考えたが、せっかくカモフラージュしているのに台無しにして二度手間をかけるのもどうなのか。思いとどまって、額装を開いて
「それじゃあ今からすり替えてきたら、警視庁に予告状を出しに行くか」
「こちらから出向く必要もないだろう。夜食でも差し入れてやるさ」
「そうだな。すでに仕事は終わったも同然だ。これから保管庫へすり替えにいくだけ。それが済んだら俺のやる仕事がまったくなくなってしまうからな」
いささか不満を覚えているようだが、セビル葵こと
本業が神父なのだから、専念できてよいのではと思わないでもない。それに夜は芸術家のプロデュースにも精を出しているので、その二職が揺るがないように仕事を調整させなければならない。水田の交渉力、装置の開発力は“怪盗”を支える重要な一部分である。
「仕掛け終わったことだし、さっそく保管庫へ行ってしまおうか。ここからが“怪盗”の表舞台だ」
「準備した裏側は限られた者しか知らないんだけどな。仕上げるのにどれだけ時間と手間がかかったことか」
「まあ短い命だったが、その場にいる全員を騙せたのなら本望ってもんじゃないのか、コキア?」
「そういうことだ、ミスター」
包みに入れた贋作を水田に持たせて車に乗せ、深紅のトヨタ・bZ4Xをガレージからゆっくりと発進させた。
「おや、神父さんじゃないか。また布教に来たのかい?」
「布教ですか。まあ一度訪れてまた布教しようとしたって、入信してくれる人なんてまずいないでしょうな」
「じゃあなんでまた来たんだ?」
「息抜きに決まっているじゃないですか。神父といっても宣教師ではないので、信者獲得のノルマがあるわけでもないですからな」
「そりゃとんだ
水田が警備員たちを惹きつけている。その間にセキュリティーを切って保管庫へ入り、贋作を仕掛け付きのものへ取り替えた。
寸分違わず本物と同じ贋作は数日内に外の作品同様美術館へ運び込まれる。この仕掛け付きも厳重に警護されて届けられることになっていた。
まさか保管庫にある段階で二回もすり替えられているとは思いもしないだろう。
すぐに一枚目の贋作を持って保管庫を出て、セキュリティーを入れ直すとなに食わぬ顔で水田のそばに戻った。
「おい、見習い。もうトイレは済んだのか。すみませんね、来るたびにトイレをお借りしちゃって。それじゃあ次の建物を回るぞ。またときどき息抜きに来ますわ。皆様またかまってくださいな」
水田を先頭に警備会社のビルを出て、表に停めてあった車に乗り込むと、ゆっくりとアクセルを踏み込んでいく。音も立てずに車はビルを離れていった。
まさに怪盗のごとき見事な去り際である。
「これで、仕掛けはオールOKだな。あとはお前の芝居にかかっているぞ」
「わかっている。木屋輝美にもお
「そんなに嫌な女だったのか、木屋輝美って」
「いや、見た目はいい女だと思うが。ラクしてズルしようとしているようだから、下積みからしっかりやり直してもらうことになるだけだ」
「盗品専門の“怪盗”としては、ズルしてのし上がろうとするやつにはお仕置きしておきたいってところか」
「そういうことだな。次は宅配自転車で警視庁行きの食事をピックアップしますか」
宅配自転車が置いてある場所へ行き、トランクにしまってあった宅配人の服装に着替えた。
「じゃあ俺はうまくタイミングを見計らって注文を受けて中へ侵入するから、水田は電車でもつかまえて教会に戻っていてくれ」
「この方法だと侵入するのは運の要素が大きいからな。わかった。俺はすぐに帰るとするよ。うまく立ちまわれよ」
「わかっている」
宅配自転車にまたがって警視庁近くの注文をチェックしていく。一時間経った頃、そば屋から警視庁への注文が入り、それを素早く引き受けるとスマートフォンで申告した。急いでそば屋の前までやって来て、商品を受け取ってすぐに警視庁へと漕ぎ出していく。
警視庁の受付で捜査三課の人を呼び出してもらった。幸いなことに注文したのは浜松刑事だった。これで予告状を気づかれずに渡せたら、そのうち気づいてくれるだろう。
「おっ、俺の頼んだそばが来たか。早かったね、配達員さん」
姿と声色を変えているから
「前の注文を届け終わってすぐに注文が入ったものでして。そのまま流れで持ってまいりました」
「おかげでそばが伸びなくて助かったよ。やはりそばは打ち立てに限るな。ご苦労さんだったな。さて、早く課に戻って食べるとするか」
浜松刑事の背広の右ポケットへ気づかれずに“怪盗コキア”の予告状を入れておく。あとは浜松刑事がいつ気づくかだ。
そばの入ったどんぶりを持ちながら、浜松刑事はエレベーターホールへと立ち去っていく。それを見届けると、警視庁から出てすぐに駐車場まで戻り、愛車で着替えてなに食わぬ顔をして帰途についた。
(第三章へ続きます)
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