第8話 腹の探り合い (第一章最終話)

「保管庫の警備は抜かりないと思いますので、展覧会場の警備員の配置に万全を期しましょう。警備会社から追加で雇うのであれば、身元確認はしておいたほうがよいと思います。どこに強盗犯が紛れ込んでいるか、わかったものではありませんから」

 自分のことを棚に上げ、絵を守るための方策を教えた。


「そうね。美術館の専属警備員は全員の顔と背景が割れていることだし、彼らの中に強奪犯がいるとは考えづらいわ。美術館が懇意にしている警備会社から増援を手配するらしいし、今のうちから各人の身辺調査をお願いしてみましょう」

「それがよいでしょうね」


 絵画の警備は慣れた者でなければ務まらない。展示物の取り扱いには専門知識が必要だからだ。館内の警備は専属の警備員にまかせて、外は追加配備される外部スタッフにまかせればよいだろう。

「わたくしもそう思いますわ。そのようにすれば、万一警備会社から派遣される警備員に強盗犯が紛れ込んでも、絵に近づけないでしょうから」

 ただし、と注釈をつけた。

「あまり警備を厳重にしすぎると、なにか盗まれては困るものがあると、絵画窃盗団に教えるようなものですね。だから想定している警備以上のことはしないほうが賢明でしょう」

 木屋輝美は不敵な笑みを浮かべた。

「まあ一枚や二枚盗まれたくらいのほうが、画家の価値は上がるでしょうね。いっそ盗んでくれたらいいのに」


 画家としての売り込み方すらしっかりと計算している。

 おそらく、偽の絵画窃盗団を組織させ、絵の二、三枚は盗ませるつもりなのではないか。となれば意図的に警備が手薄な状況を生み出して、わざと奪わせることも考慮しなければならない。まああの“傑作”はなぜか盗まれないのだろうけど。


「絵が盗まれたとなったら、美術館の警備員の責任問題になります。彼らの何人かが処分されないともかぎりません。できるかぎり一枚も盗ませない警備をするべきでしょう」

「あら、ずいぶんとおやさしいのね。まるで警備員にお知り合いがいらっしゃるような物言いで」

「ええ。高校時代の同級生が、警視庁の捜査三課におりまして。まあ彼が現場で警護するには、例の“怪盗”から予告状が届くような事態にならないと無理ですが。さもなければ裏社会の情報網で、何者かの絵画窃盗団が絵を狙っていると掴まないと」

「なるほど。だからあなた、美術館の警備に詳しいのですね。その同級生はどのくらい窃盗団を捕まえているのかしら?」

「あまりよい話は聞きませんね。“怪盗”の予告状が届いた作品はすべて奪われているようですし。それでも降格されないくらいには、窃盗団を摘発できているのだと思いますが」

「信用できるのかできないのかってところね」

 やや相好を崩した。


「いや、人間としてはとてもよい人物なんですよ。真面目で一本気。善を勧めて悪を懲らしめる。刑事にしておくにはもったいないほどです。だから絵画窃盗団の情報を聞きつけたら、彼が警備に出てくるのは間違いないですよ」

「あなたがそこまで評価しているなんて、よっぽど優秀なのね、その同級生さんは」

「優秀ですね。“怪盗”のせいで以前よりは多少評価を落としてはいますが。そもそも“怪盗”が狙っているのはすべて盗品のようですから、仮に盗まれたとしても、本来の持ち主に返されるだけです。だから最終的には懲戒されないのだと思います」

 威儀を正して、真面目な顔をしてみせる。


「だから、なんとしても彼を今回の警備に加わらないようにしなければなりません。絵画窃盗団なんて近寄れないくらいの完璧な警備を構築しなくては」

「であれば、あなたに警備をおまかせしようかしら。体育教師ってことは武術もある程度なさいますわよね?」

「学校がありますから、四六時中警備を指揮するのは不可能ですよ。学校の休みである土日ならなんとか都合もつくでしょうけど。それに……」

「それに?」

 木屋輝美は探るようなまなざしを向けてくる。

「仮に僕が“怪盗”だった場合、警備のスキをつくのはわけないとは思いませんか?」

「なるほど。あなたが噂の“怪盗コキア”かもしれないってことね。聞いた話だと壁抜けの術が使えるそうじゃない」

「そんなこともできるんですか? 駿河からはそんな話聞いたこともないのに……。なぜ話してくれなかったんだろう」

 怒りが真実味を増すと、それがかえって好意的に見えたようだ。


「まあ実際の話、なにがしかのトリックを用いたんでしょうけど。壁抜けをしたと思わせるような……」

「僕には考えもつきませんけど。それだと、もし“怪盗”から予告状が届いたら、僕の手に余ってしまいますね」

「そういうことね。餅は餅屋。門外漢のあなたに頼まず、警備は専門家におまかせするわ」

「僕も安心できますよ。やはり専門家は頼りになりますから」

「あなたが“怪盗コキア”でないことを祈るわ」

 ちょっと試してみるか。


「木屋さん、もし僕が“怪盗コキア”だとして、盗まれそうな作品ってあるのでしょうか? つまり盗品があるかという話なんですけど」

「ないわね、一枚も」

「それなら“怪盗コキア”を気にしても意味がないですね。彼は盗品専門の“怪盗”だと先ほどお話ししましたから」

「でも本当に盗品専門なのかしら。価値があるとわかったら、盗品でなくても奪うんじゃなくて?」

「その可能性がないわけではありませんね。あくまでも今までの五件すべてが盗品だった、というだけで。もし価値のある作品を狙っているのであれば、木屋さんにも予告状が届くかもしれませんが」

 木屋輝美は少し考えていたようで、慎重に言葉を選んでいるようだ。


「もし“怪盗コキア”が予告してきたら、今回の個展も成功間違いなしなのでしょうけど……。まあ“怪盗”が予告してきたら、私が盗品を持っていることになりますが……。でも完全に盗品専門とわかっているわけでもない……。今回盗品以外で初めて予告されたら、やはり来場者はもっと増えるでしょうね。話題の“怪盗”が絡んでいるということで……」


「あまり考え込まないほうがよいでしょう。来る宛てのない人物を開催の要素に入れてしまうと、来なかったときの周りからの評価にも影響するでしょうし」

「でも、画壇の重鎮クラスが来場してくれるだけでも、宣伝効果としては抜群なのよね……」

 どうやら利に聡い木屋輝美は、自作自演で“怪盗”から予告を受けたことにしたいらしいな。

 さて、こちらはどう出たものか。




(第二章へ続きます)

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