第6話 廣山美術館

 一週間後、ひろやま美術館を訪ねた。ここでセビルあおいことてるは来月開催する個展の打ち合わせを行なっているという。

 木屋輝美に取り入り、警備状況をつぶさに収集する絶好の機会を見逃せなかった。あれからできるだけ「内藤絵画教室」へ通って、よこやまゆうの絵のタッチを模倣し続けている。

 二週間もあればあのタッチを完全に模倣できるだろう。その合間を縫って、木屋輝美のご機嫌伺いに来たわけだ。


よしむねさん、いらしたのね。今回はあなたの絵を見る目をお借りできないかしら」

「どういうことですか?」

 正直、木屋輝美がなにを考えているのかわからない。先週までの老舗デパートでの個展で絵の年代を看破したくらいで、絵を見る才能を買われるとは思いもしなかったからだ。


「あなたなら、最も来場者が喜ぶ絵の配置もわかると思いましたので」

「僕はただの高校教師ですよ。しかも体育ですからね。美術は専門外です」

 木屋輝美は目を細めながらこちらを見た。

「本当にそうかしら? あなたがチェックした作品は確かに言われたとおりでしたわ。あの眼力があれば、美術展のプロデューサーになってもよいくらい。一介の体育教師なんて、宝の持ち腐れもよいところでしょうね」

 まあ、言われたように体育教師のガラじゃないのは自分でもわかっている。だから人知れず盗品を奪い返す“怪盗”などをやっているのだが。


「それでは僕なりのやり方でやらせてもらえませんか」

「あなたなりのやり方って?」

「図面だけではイメージが湧かないので、実際に館内ホールを見ながら決めませんか?」

 木屋輝美は少し考えたが、すぐに答えは出たようだ。

「わかりました。館長さん、実際にホールを見せてもらってよろしいでしょうか」

「かまいませんよ。それではすぐにご案内致します。警備室で鍵を借りてきますね」

 館長は警備室へ向かった。


「もし今回の個展が成功したら、あなたを私の専属プロデューサーに指名したいわね」

「僕は高校の体育教師がいいんですけどね」

「世界へ出るつもりであなたに任せたいのよ。たくさん売れれば、世界デビューも夢じゃないわ」


 そういう打算があったわけか。だから“傑作”がどうしても必要だった。

 あれは世界に通用する作品であるのは間違いない。現役美大生が描いたとわかれば、世界からオファーが殺到するはずだ。


 その正当な地位をかすめ取った女を世界に進出させるわけにはいかない。

 横山佑子は鮮烈なデビューを飾るにふさわしい逸材である。絵画教室で手本として何枚も作品を見て確信していた。


  問題はあの絵をどうやって盗んでいったのか、だ。俺のように彼女に取り入って、奪っていったとも考えられる。でもそれなら同じような手口の俺が彼女から信用されるはずがない。警戒されるのが普通だ。


 だとすれば、絵画教室の奥にある保管庫へ忍び込んで盗んでいったのか。ただの美大生が万全のセキュリティーを施すなんて不可能だろう。

 プロであれば盗むのなんていとも容易い。


 館長が鍵束を持って戻ってきた。

「お待たせ致しました。それでは会場へご案内致します」

 ホールへとつながる扉の鍵を開けると、三人で中へ入っていった。

「すでにパーテーションがありますね」

 すでに知っている情報を、さも今知ったかのごとく語って聞かせた。

「はい、ここで絵画展をするときは、つねにこの配置にしてあります。警備の都合もありますから」

「警備の都合、ですか?」

 館長は人のよい顔をしている。


「はい。もし毎回別の配置にしていたら、警備のものが憶えきれません。しかし毎回同じパーテーションであれば、最短距離で目的の場所へたどり着けます。おそらく他の美術館も同様かと」

「知りませんでした。では、警備は万全と思っていいんですね」

「はい。皆様にご安心いただいております」

 ということは、賊の侵入経路もすでに確定していると見てよいだろう。


「それでは適当に歩いてもよろしいですか? その間に、木屋さんは個展で飾る作品の写真を用意してください」

 そう言い残すと、すたすたとパーテーションの中を歩いていく。下に隙間のない衝立ついたてで、絵を持って下をくぐり抜けるのは不可能だろう。

 では上ならどうか。たとえば裏からロープで絵画を釣り上げて、せしめたらそのまま裏口から逃走する。

 “怪盗”としてはせこいやり口だが、木屋輝美程度の相手に創意工夫したところでたかが知れている。かえって株を上げてやるようなものだ。


 どうやらパーテーションは一方通行できるよう、一本道になっているようだ。そのため、とくに奇抜な配置ではない。この程度ならすぐに憶えられる。それに一本道なら仮に賊が現れても封鎖しやすいし、警備がまごつかない。

 ぐるっとひと周りして館長と木屋輝美が待つ場所まで戻ってきた。

「なかなかよい展示ができそうな配置ですね。絵は何枚くらい飾れますか?」

「そうですな。プロの方の即売会としてなら、みっちり置けば三十枚くらいは飾れるかと」

 木屋輝美を見ると、封筒に入っていた絵画を撮影した写真の束が取り出されたままになっている。


「木屋さん、その写真を見せてください。これを見ながら配置を決めていきましょう」

「それでは私は入り口におりますので、終わったら声をかけてください」

「館長さんありがとうございます」




 あまりイメージは湧かないが、ふたりで相談しながら写真をパーテーションの壁に貼り付けていく。

 そして“傑作”を置く場所の候補として三箇所提案した。


「まず入り口すぐに飾る方法があります。“傑作”で来館者の心を奪ってしまおうとの魂胆です。ですが、これには弱点もあります。入り口に置くということは、盗人が現れたらすぐに持ち逃げされます」

「さすがに持ち逃げされたくはないわね。入り口は却下します」

「それが賢明ですね。では次ですが、出口に飾る方法があります。こちらは最後に“傑作”を見ることで、今日は個展に来てよかったなと来館者に思わせるのです。弱点も当然あります。出口に置くということは、入り口以上に持ち逃げしやすいのです。なにせ入り口は持ち逃げするときは最低でも入場者を押し分けないといけませんが、出口なら人の流れに逆らわずに持ち出せます」

「そう考えると出口も却下ね」


「で、残る案ですが、僕はこれがいちばんのオススメです。作品を中間地点のこの場所に置きます。前後に売り物の作品を置くことで、購買意欲をそそれますし、もし盗人が現れても持ち逃げしづらく警備もしやすい。どうしても守りたいならここが最適でしょう」


 木屋輝美は考え込んだようだ。俺のプレゼンテーションに抜かりはない。

 “怪盗”としては最も盗みづらい位置に作品を置くということを意味していたからだ。


「わかりました。あの絵はここに飾りましょう。あなたのおっしゃるようにここがいちばん守りやすいわ」

 仕込みの第一段階が完了した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る