第3話 木屋輝美

 土曜日となり、さっそくセビルあおいことてるの個展へと足を運んだ。老舗デパートで開催されているところを見ると、よほど自分を売り込む力には長けているのだろう。画家なんてやめてプロデュース業を営んだほうが木屋のため、という気もしてくる。


 七階の特設ブースに来ると、観覧者の数が想像以上に多かった。

 今回も入場料を払ってパンフレットをもらって中に入る。前回は木屋と会うために、他の絵はそこそこ見た程度だったから、今回は一枚ずつじっくりと覗き込んだ。

 パンフレットを開きながら一枚ずつ見てまわるが、これほどタッチが統一されていない画家も珍しい。どの絵もとりわけ下手というわけでもない。だからといって手放しで褒められるような作品でもない。

 すでに売却済みのラベルが張ってある絵は比較的見事だが、売れ残っている絵はどれもまったく魅力を感じない。

 もしかすると売れた作品はすべて盗品なのではないだろうか。それならタッチが異なっているのも理解できる。売れ残ったままなのが木屋本人の作のような気がする。


 どの作品にもセビル葵のサインが描かれているが、売却済み作品のサインは意図的に厚く塗り込んであり、どうやら下のサインを潰して上書きしているように見えた。やはり他人の作品を流用しているようにしか見えない。


 みずからの情報によると、木屋輝美は絵画スクールを運営しており、そこには社会人や学生が数多く参加しているという。案外そこから絵を調達しているのかもしれなかった。

 木屋のタッチに似ているのは、木屋の手際を真似ているスクール生の作品だから。と考えれば辻褄は合う。

 だが木屋が依頼人の絵をどこで知って盗んだのか。謎である。

 これは早めに依頼人と会って事情を聞き出さなければならないだろう。

 今は個展に来ている以上、まずは盗んだ犯人と思われる木屋と話して裏をとらなければならない。タッチが異なるというだけで依頼人の絵を盗んだと断定するのは早計だ。


 例の“傑作”の近くまでいくと、セビル葵と思われる女性がなにやら老人三名を接客しているようだ。後ろ姿だけだが、いずれも画壇の重鎮と思しき人物だ。

 これだけタッチが異なるというのに、セビル葵名義で“傑作”が展示されているのを気にも留めないとは。重鎮もしょせん肩書しか見ていないということか。


 パンフレットを取り出して、胸ポケットに入れていたサインペンでA・B・Cとナンバーを振っていく。そんな俺の姿を見て、木屋輝美が接客を中断して近寄ってきた。

「ずいぶんと熱心に作品をご覧になっていらっしゃるのね」

 彼女は事もなげに応対してきた。まるで天性のペテン師のような態度だ。後ろ暗いところをいっさい感じさせない。


「なかなか興味深い絵ですね」

 素直な感想だったが、どうやら好意的に受け取られたらしい。いっそうにこにことした表情を浮かべている。

「先ほどからなにやら書き込んでいらっしゃいますが、なにをなさっておいでで?」

 ちょっとカマをかけてみるか。

「どちら様でしょうか?」

「あ、申し遅れました。わたくしセビル葵と申します」

「ああ、この個展を開いている方ですね。初めまして、よしむねしのぶです」

 ご丁寧にどうも、と言葉が返ってきた。


「実は水曜日に一度来ているのですが、そのときちょっと気になったことがありまして」

「気になったこと、ですか?」

「はい、おそらく作品を描いた時期によると思うのですが、絵のタッチがどれも微妙に違っていることに気がつきまして」

「あら、なかなかよい目をしておいでですのね」

 青い口紅をしているのでやや不健康な印象を受ける。「セビル葵」というくらいだから、青系統の色が好きなのだろうか。

「それぞれの絵を見てタイプで分けているんですよ。そうしてからそれぞれ描いた年代を答え合わせしようと思いましてね」

「あら、うちの学芸員よりも絵にお詳しいんじゃありませんこと?」

「いえいえ、単なる下手の横好きですよ。自分でこれだけの絵を描けといわれてもとうてい及びません」

 頭を掻きながら第一印象をよくしようと努めた。

「で、ご覧になってなにかわかりましたか?」

 木屋輝美はさりげなく探りを入れてきたようだ。ここはズバリと切り込んでみるか。


「まだすべての作品をチェックしていないのですが、入り口からここまで並んでいる十作のうち、一枚目と四枚目が同じタッチに見えました。二枚目と三枚目も同じかな。五枚目から九枚目も同じでしょう。十枚目はどれとも一致しなかったと思います」

 木屋が流し目でこちらの出方を窺っているようだ。

「で、これを時系列どおりに並べ替えるとしたら、まず五枚目から九枚目が初期、二枚目と三枚目がその次、一枚目と四枚目はそのあとで、十枚目が直近の作かなと思います」


「へえ、あなた、見る目があるのね。そのとおりよ。義統さん、でしたかしら。あなたを私の専属学芸員にしたいくらいだわ」

 木屋輝美は素直に感心したふうだ。

「ということは、合っているということでよろしいのでしょうか?」

「ええ、そのとおりよ」

 ここでもう少し踏み込んでみるか。

「それで、売却済みの作品は一枚目と四枚目と十枚目ですから、比較的新しいものが売れているようですね」

「そうなのよ。皆さん古い作品はお呼びじゃないらしくて。でも新作がこれだけ売れているのですから、将来有望株の初期作なんてめったに買えるものではありませんこと?」


「えっと、五枚目から九枚目が初期作なんですよね。確かに十枚目とは値段が一桁違いますね。手の出しやすい価格設定にしているってことでしょうか?」

「そう。今がとてもお買い得になっていますの。これから世界進出するに際して、絵画ファンが『初期作が欲しい』と言い出すでしょうからね。先行投資だと思って買ってくれると思ったのですが……」


 まあ初期作だとしても他と比べて明らかに見劣りするからな。これはわざと売れない初期作を混ぜて、他の作品を売る方便にしているだけのような気がする。

 となれば、初期作とやらが売れ残るのは最初から計算のうち、というわけか。

「私のような薄給では、初期作でも手が出ませんね。ですが、他の作品も素晴らしく、今回の個展はまさに眼福です」

「あなたのお仕事は?」

「都立高校の体育教師です」

「あら、絵を見る目がおありなのに、体育教師なのですか? もったいないですわね。あなたくらいの目利きであれば評論家になってもよろしいくらいだわ」

「ちなみに評論家になったらどのくらい給与が上がりますかね?」

 木屋輝美はくすっと笑みをこぼした。


「そうねえ。あなたくらい細かく違いを見極められる人なら、今の三倍は稼げるんじゃないかしら」

「そんなに稼げるんですか!? 体育教師を辞めて評論家にでもなろうかな?」

「あなたなら私の専属としても大歓迎よ」

「セビル葵さんの専属なんて畏れ多いですよ。いくら絵を見る目があっても、つい曇ってしまいそうだ」

 彼女は悩ましげな視線を投げてきた。


「わたしく、本名は木屋輝美と申しますの。義統さん、でしたわよね。あなたの感想が知りたい絵があるの。見てくださるかしら?」



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