第2話 帰り道

 学校からの帰り道をあきやまとともに歩いていると、スマートフォンが鳴ってメッセージが届いた。彼女に悟られないように内容をチェックする。

「誰かからのメール? よしむねくんって昔から女子にモテモテだったわよね」

「残念ながら男友達だよ。これから一杯飲もうかって。僕がアルコールを飲めないって知ってて誘うんだからなあ」

 なんだか不思議そうな顔をしている。


「僕がソフトドリンクなら、割り勘にすると自分の支払いは安くなるだろ?」

 説明すると、なるほどと合点がいったようだ。

 仮にビールが五百円でふたりともビールを飲めば割り勘しても五百円は変わらない。しかし僕が飲むソフトドリンクが三百円ならふたりで割り勘すると四百円。百円浮くわけだ。

「ずいぶんと打算的な付き合いなのね、その男友達とやらは」

 思わず顔をクシャッとさせてかるく笑みを浮かべる。

「まあ腐れ縁だな。駿河するがくらいしっかり者だと多少は助かるけど、昔からの仲だからなかなか縁が切れなくてね」

とものりはきっちり自分が飲食した金額を支払うタイプよね。割り勘はしたことないわ」

「それってデートでも自分のぶんしか払わないとか?」

「いいえ、全額彼持ちよ」

「これだからかわいい女性は得なんだよなあ。僕もかわいい女性になったら奢ってもらえるようになるんだろうか?」

「義統くんって女性になりたかったの?」

「あくまでもジョークだよ、ジョーク」

 こんなつまらないことも真面目に聞いてくるところが、秋山さんの魅力だよなあ。


「そういえば、うちの体操部に入れたい逸材がいるのよ」

「逸材? どのくらいすごいんだい?」

「その子、ジャンプ力が図抜けていてね。あれは世界レベルよ。なんとかして引っ張り込みたいんだけど」

「それって男子だよね? 女子が高校から体操を始めてももう遅いだろうし」

 彼女はしゅこうした。

たつみたかっていう子なんだけどね。いくら誘ってもノッてこないのよ」

「大人が生徒を誘惑しちゃダメなんだぞ」

「そういうのじゃないんだって。才能があるって言ってもまったく話にならないの」

 秋山さんの誘いを断れる男子がいたんだ。なかなか芯のある子のようだ。


「なんでも『ヒーローになりたいだけ』だっていうのよね。だからバク転とバク宙だけ教えてくれって」

「珍しいね。うちは都立だけど体操部があるから、バク転とバク宙を教えることくらいはわけないだろうけど。それだけで満足っていうのもどうなんだろう?」

「でしょう? あれだけの才能があってもったいないわよ」

 秋山さんにとって体操を軽んじられるのは納得がいかないんだろうな。

「わかった。体育の時間で会うだろうから、ちょっと話してみるよ」

「お願いするわ。じゃあ私は友徳と食事に行くからこのへんで」

 俺はスマートウォッチを見る。メッセージで指定された時間には到着できるだろう。

「僕もこれからふたりで飲み会だ。たまにはまた三人で飲めるといいね」

「確かに同じ高校に配属されてからは一度も三人で飲んだことないわよね。ちょっと友徳と相談してみるわ」

「あまり無理はしなくていいからね。彼も仕事で忙しいだろうしね」

 俺が言い終わるのを待ってから、理恵は交差点を駆けていく。その先は駅舎だ。




 スマートフォンを取り出して、先ほどメッセージをくれた人物へ電話をかける。呼び出し音が鳴ったあと、通話がつながった。

みず、義統だ」

〔昨日の今日で悪いが仕事だ。ある人物が“傑作”をセビルあおいという画家に奪われたと言っている〕

「セビル葵……。ああ、てるか。最近個展をよく開いているらしいな」

 確かに最近全国の画廊で積極的に個展を開いていて、注目度ナンバーワン、今いちばん名の知れた画家となっている。


〔その目玉に使っているのが依頼人の“傑作”なんだそうだ〕

「まるっきり詐欺じゃないか。でも絵のタッチが違うだろうから、すぐバレるんじゃないのか?」

 いくら画壇のお偉方がもうろくしても、他人の作品ではタッチがまるっきり異なるから、本来ならすぐにバレるはずなんだけど。

〔そのあたりはセビル葵が一枚うわのようだな。新境地に目覚めたとかなんとか言っているらしい〕


 新境地、ね。芸術家が使う最も多い言い訳だな。それで多少の違いはだいたい許容されてしまう。だが、まるっきり異なるタッチでその言い訳は通じないだろうから、ある程度似たタッチなのだろう。老人が見ても同じ人物の作品に見えるくらいには。


「そうして盗んだ絵を餌にして、旧作を高値で売りさばいているってわけか」

〔そんなところだ〕

「わかった。まずは現物を見てから本人に会おう。今セビル葵が開いている個展はどこだ?」




 都心にある老舗デパートの七階特設ブースで、セビル葵の個展が開かれていた。入場料を支払ってパンフレットをもらう。だいたい「新境地」とやらで描いたという自信作は、パンフレットの表紙に持ってくることが多い。なるほど、確かにセビル葵のタッチというには無理があるな。どうせ来たならと、他の作品もひと通り見てまわったが、やはりあの作品とはタッチがまったく異なる。俺が知っているセビル葵のタッチそのままだ。これであの“傑作”が画壇で認められるとは。裏で金でもまわしているんじゃないのか?

 ブースをひと周りしたが、肝心のセビル葵はいなかった。受付で聞いてみたが、忙しい方なので次は土曜日にならないといらっしゃらないのだそうだ。

 ここは出直すしかないか。


 ブースから出て同じフロアにあるトイレへ入って電話をかけた。

「セビル葵はいなかったんだが?」

〔誰もいるとは言ってないだろ。やつは今自宅で個展で売る作品を急ピッチで仕上げているところだ〕

「ずいぶんと売却済みが多かったが、とうとう売る玉まで尽きてしまったか。案外実力があるのかもしれないな。商才の」

〔違いない。確かに自分を売り込むすべを心得ているやつの動きだな〕

「それで、依頼人とはいつ会えそうだ? そちらからも話を聞かないと盗品でないものを奪いかねないからな」

〔依頼人は大学生だ。だから土日になるまでは会えないと思っていい〕

「大学生? あの絵をか? たいしたもんだなあ。あれは数千万円でも売れるくらいの出来だったぞ」

〔だからこそ、盗まれたのを知ったときは自殺しようとすら思っていたらしい〕

「穏やかではないな。セビル葵と直接会えるのも土曜日になるらしいから、やつと話したあとで依頼人に会おう。どこへ行けばいいんだ?」

 水田に依頼人とのアポイントメントを頼んだ。



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