「クリスマスパーティー」

 クリスマスは年に一度の大きな祭りだ。兄の所では、復活祭の方が大きいらしいが、マーティンプロテスタントとしては、やはりイエスがお生まれになった事を祝いたい。この前「真の後継者」を自負する少女が、「クリスマスは異教の儀式だから祝ってはいけない」とパンフレットを持って説明しに来たらしい。その時マーティンは、町内会の打ち合わせに行っていたので知らなかったのだが、妻が言うには、義母がぴしゃりと、

「娘を救ってくれた人が楽しみにしている日を邪魔するな!」

 と一括したところ、逃げて行ったらしい。子供の形をしていると言っても、二〇〇年近く生きているのに、やはり「心からの」強い守護と拒否には弱いらしい。自分たちが大きく育ったのも、ひとえに『新大陸』と兄の横暴があったからなので、あまり彼女のことは笑えない。

 そんなこんなで、十二月に入るや否や、家の中は大忙しだ。子供たちはクリスマス会になるまでは自宅の方の飾り付けで忙しい。それが終わったら、ようやく教会部分の飾りつけをする。今年は開催するかどうかの是非を激論していたので、時間が少しばかり足りない。クリスマスの説教は徹夜で考える事として、家族総出で教会内の飾りつけをする。

 天井にはめ込まれた、半ドーム状のものを取り外そうとしていると、ぐらつくパイプ椅子の周りに、上の子が寄ってきた。気づいたものの、ここで下手に降りると、娘を潰してしまいそうだ。

「お姉ちゃん駄目だよ! 危ない!」

「綿は? 綿の雪どこ行った?」

 どこだっけ、と、不安定なパイプ椅子の上で思い出そうとしてくると、隣の部屋から、手をキラキラさせた女性が現れた。

「あなた、金モールが足らないわ。」

「え!? 三百メートルはあったのに!?」

「だって、ホール広いんだもの。」

 確か綿と同じ場所にあったような気がするな、どこだっけ、と思っていると、今度は腰を曲げた老婆が話しかけてきた、

「マーティンさん、クリスマス会のお菓子は、50個で良かったかねェ」

「ぱぱ~! べちょべちょ~! きゃはは!」

 下の子が、どろどろの小麦粉で突進してくるのを、上の子が止める。しかしそれほど年齢差はないので、上の子が離れた隙に、椅子から降りた。

 べたべたと周りを小麦粉だらけにしている下の子を見て、マーティンはやっと思い出し、抱き上げる。

「お姉ちゃん、綿は婦人会の手芸部だ! 母さん、金モールは日曜学校のお遊戯箱のところ! お義母さん、クリスマス会には信者じゃない子どもも来ますから、できればお体の許す限り作ってください。それから―――このお転婆めっ! お前はまだ小麦粘土だって言っただろ! おばあちゃんのお仕事の邪魔するんじゃない!」

「まあまあ、どっちも小麦だからいいのよ、マーティンさん。ちょっとアリさんが寄ってくるか来ないかだから。」

 すると、いやっ! と悲鳴が上がった。

「お母さん、私がアリ嫌いって知ってるのに! お姉ちゃん、綿はママが取ってくるから、その子の両手とお洋服洗ってちょうだい!」

「はーい、お母さん! ほら、お風呂行くよ!」

「あ~い! ぱちゃぱちゃだあ!」

「あ! 走らないで! 小麦粉飛び散る!!」

 ドタバタ騒がしい子供たちを見送ると、はい、と、老婆―――義母がいつの間にか、お菓子の並んだトレーではなく、マシュマロの浮かんだコーヒーが三つ並んでいた。

「私たちも、少し休憩しましょう。」

「お義母さん、もしお辛いんでしたら、もう作らなくていいですからね。さ、そちらにお座りになって。」

 コーヒーを受け取りながら、マーティンは、普段信者たちが座るパイプ椅子の一つを取り出して座らせる。さすがに自分が踏み台にしていたパイプ椅子を、義母には出せない。マーティンの背後を、今代の妻が駆けていく。

「母さん、コーヒーは?」

「とっといてー!」

 そう言って、妻はパタパタと二階へ走っていった。はあ、と、義母は、ため息をついて、コーヒーの上のマシュマロをすする。

「嫌だねえ、あんないい年して落ち着きのない子に育っちまって。草葉の陰で爺さんが泣いてるわよ。」

「そう言うものじゃないですよ。あの絶望的な状況から、下の子をちゃんと出産出来て、その後授乳も離乳食もトイレトレーニングもほぼ一人でやり切ったんですから、立派な『母』です。」

「せっかくお姉ちゃんと、こんな年寄りまで引き取ってくれたマーティンさんのことも、初めは物凄く警戒してて……。ああ、まったく。他人の好意を素直に受け取れないなんて、貧しい子になっちまって。」

「まあ、それだけの経験をしたわけですし。僕は気にしてませんから。子供たちも可愛いですしね。」

 およそ、夫と姑とは思えないような朗らかな雰囲気で交わされる会話は、娘を嘆く母と、妻の良いところしか見ていない夫によってなされている。ひとしきり、娘が第二の夫にした男についての振る舞いを愚痴り終わると、ふう、と、老婆は膝の上にコーヒーマグを置いた。

「ねえ、マーティンさん。」

「なんです? お義母さん。」

「……どうして、牧師である貴方が、死んだ夫の菩提を弔っている娘と結婚してくれたの? 子どもはもちろん、老い先短いこんなおばあちゃんまで………。私、OLだったのよ。この教会の資金繰りが厳しいことくらいわかります。」

「どうしてって、彼女たちを愛しているからですが。」

 さらりと言ったので、老婆は咽た。

「い、いやだよ! 年寄りをからかって!」

「はは、僕生まれはドイツだったもので。あまりこういうことに抵抗がないものですから。」

「…でもねえ。」

 そう言って、老婆はマシュマロが無くなったコーヒーを啜り、暗い水面を見下ろした。

「あの子の真似をするわけじゃないし、マーティンさんには本当に感謝しているよ。でもねえ、コブが二つで、もう子供も産めない未亡人を、その母親ごとまとめて引き取って、籍もちゃんと入れるなんて、わたしゃ確かに不思議なんだよ。あの子が位牌を持ってくるのも止めなかったし、それどころか、あの子が盆に元義実家に行くときも手土産すら持たせてくれる。…そんな『牧師先生』を、わたしゃ見たことがないよ…。」

「あはは、確かに、一昔前の牧師たちが聞いたら、卒倒するでしょうし、僕の縁者の中にも、卒倒する人がいますね。」

「ねえ、マーティンさん。本当に、気分を害さないでほしいんだけど。」

「なんです? お義母さん。」

「貴方……。なんだい?」

 すると、マーティンは目をぱちぱちと目をしばたたかせ、ふふふっと笑った。

「僕は僕ですよ、お義母さん。僕の名前はマーティン・プロテスタント。。ただ、神さまが、妻を支えなさいと、僕をお遣わしになって、妻がそれを受け入れてくれた。それだけですよ。僕は、人間ひとの幸せな姿を見ているのが好きなだけ。亡くなられたご主人に競り勝とうとも、娘たちに異父妹弟を作りたいとも思いませんし、お義母さんから貯金をせびろうとも思ってませんよ。」

「そりゃね、下心があるかないかくらい、この年になればわかりますわよ。その上で、マーティンさんはとても純粋で、心の温かな人だよ。きっとあなたみたいな人が、世界中にいたら―――。」

「あなたー! 手伝ってー! モールがこんがらがって大きいままなのー!」

「はーい! …すみません、お義母さん。妻が読んでいるので、次の休憩で! コーヒーごちそうさまでした!」


 冬の夜が更けていく。老婆は一人、『名字だけは変えられない』と言って、傷心の娘と孫を家庭という揺りかごに避難させてくれた、この聖人は何者なのか、考えていた。

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