驚天動地のフェアリー・テイル 後編

 うつくしいドレスをまとったシンデレラは、魔法使いに借りたママチャリに跨り、義姉といっしょに王城に向かいました。

「なんでカボチャの馬車じゃなくてママチャリなのよ……!」

 ママチャリの荷台に勝手に乗ってきた義姉がぶつくさ文句を言っていますが、シンデレラは気にしません。

 ちなみに自転車の二人乗りは一定の要件を満たさなければ道路交通法57条2項に基づき、各都道府県の公安委員会が定めた道路交通規則で原則違反となります。このお話を読んでいるよい子のみなさんも、悪い子のみなさんも絶対に真似しないようにしましょう。(2023年5月現在)

「時間短縮のためだ。城への近道を通るためには、自転車のような小回りが利く乗り物のほうがいいと判断した」

「そういう意味じゃねーわよ! もっとこう……あるでしょ!?  乙女の夢的な何かが!」

「夢や理想で国を変える事は出来ない。国を変えるために必要なのは、十分な武装と完璧な作戦、そして優秀な兵士だ」

「でもさ~、いくらドレスがキレイでもママチャリで登場は流石に引くでしょ……」

「我々には時間が無い。先ほどの鶴木の話を聞いていなかったのか?」

 シンデレラに言われて、義姉は魔法使いの言葉を思い出しました。

『流石のワシでもこの短時間でドレス一着を仕立てるのは無理じゃ。―—ひとまず、元のワンピースにハリボテみてえにドレスがくっついてる状態にしておく。もってもせいぜい……二時間くらいじゃな。二四時くらいか』

 現在の時刻は二一時五四分。つまりあと約二時間で、王子様に見初められる必要があるのです。

「王子攻略RTA……」

 義姉の呆然としたつぶやきを無視して、薄暗い路地でシンデレラは舞踏会に間に合わせるため、大急ぎでママチャリを走らせました。


「城につい――」

 長い道のりを超えて、シンデレラは城の前に着くと、ママチャリを傾けて急ブレーキをかけ、横滑りしながら鋭く停止しました。

 周囲にいた人々は言葉を失い、シンデレラをただただ見つめていました。きっと魔法使いのドレスの美しさと、シンデレラの運転技術に目を奪われていたのでしょう。

「――二一時五九分四七秒。問題なく間に合ったな」

「ケツが痛い……舌かんだ……」

 勝手に苦しんでいる義姉にかかずらっている暇はシンデレラにはありません。舞踏会の会場になっている城は外壁まで美しく飾り付けられ、贅の限りが尽くされています。

 義姉は舞踏会の会場にたどり着いてからというもの、ずっとうっとりとしていました。

「ああ、すごいわ……財力を誇示するための豪華絢爛な調度品、最高級の料理! なんてすばらしいの! ああ、あたし、生まれてきてよかった!これがいずれ全部あたしのものになるのね!」

 目を輝かせて会場をくるくると回る義姉に、シンデレラは呆れかえってしまいました。

「君は本当に貪欲な女だな」

「なんとでも言え……ってかなにもたもたしんのよ!早く王子を落としなさいよ!ホラホラ! 時は金なり!」

「わかっている」

 義姉に急かされ、シンデレラは大広間に足を踏み入れました。すると、途端にあたりがざわめき始めました。

「まあ……なんて素敵な方なの……」

「素敵……」

「あのドレス、どこのブランドだろう……」

「でも歩き方がきびきびしすぎてるわね……」

「軍人……?」

「アタシより目立つなんて、キー! 訴訟よ訴訟!」

 シンデレラを見て、他の参加者たちは悔しそうに唇を噛みしめています。

 それもそのはずです。魔法使いのすてきなドレスを纏い、そして彼の部下たちにヘアメイクまでしてもらったシンデレラは、誰が見ても完璧な美少女だったのです。やたらと腕が逞しい所を抜かせば。

 そんなことはつゆ知らず、シンデレラは颯爽と大広間を進みます。

 途中何人かの男性にダンスを申し込まれましたが、すべて断りました。

 だってシンデレラには時間が無いんですから。

「……」

 羨望や嫉妬のまなざしを気にも留めず、シンデレラはようやく王子様らしき青年を見つけました。

(眉目秀麗、物腰も柔らかそうで、人好きのしそうな笑顔。評判通りの好青年だ)

 事前に調べていた情報と照らし合わせつつ、その青年にゆっくりと近づきました。すると彼も気づいたらしく、談笑していた令嬢たちに微笑んでからその場を離れ、シンデレラの方へ歩み寄ってきます。

「すてきなドレスだね。よく似合っている」

「は。王太子殿下にお褒め頂き、恐縮であります」

 シンデレラの見事な敬礼に王子様も、周囲も凍り付いたように固まりました。

「どこかの軍人の家のご令嬢かな? 凛々しく美しい敬礼だね、惚れ惚れするよ」

「ありがとうございます」

「でも、せっかくの舞踏会なんだ。もう少し肩の力を抜いて、楽しんでほしいな」

「了解」

 またきりっとしてシンデレラが言うと、「面白いね」と王子様はおかしそうに笑います。――しかしその目は、まったく笑っていないことにシンデレラは気が付いてしまいました。

(王子からの心象を悪くしないように、うまく立ち回らなければ)

「せっかくだし、踊ろうか」

「了解いたしました」

 王子様に誘われ、シンデレラはダンスを踊りますが、王子様は、まるで機械のように正確なステップを繰り返します。

 その表情も、作り物のようです。

「……殿下、楽しんでいますでしょうか。自分はこのような場に不慣れなため、不快にさせていなければよいのですが」

「え?……ああ、もちろんだよ」

「それならば、良かったです」

 ほっとしたように息をつくシンデレラに、王子様は柔らかく笑いました。

「……名前は?」

「シンデレラと申します」

「変わった名前だね、灰かぶり、なんて。でも、手も汚さず、煤で汚れてもいない綺麗なお姫さまよりも、俺はいいと思う」

 優雅にターンをしながら、王子様は話を続けました。

「ねえ、シンデレラはどうして舞踏会に?」

「……機密事項です」

「あはは、おもしろいことを言うんだね。みんな決まって、俺と結婚するために~とか言ってくれるけど、君は違うんだ。ミステリアスで、気になるかも」

「……殿下が必要なのです」

「え」

「貴方が必要です」

「……お、俺が?……必要?」

「はい」

「俺を、必要としてくれるの?」

「はい。貴方(の権力と地位が)必要なのです」

「…俺が?俺(自身)が……必要……。で、でも俺には旅に出てる兄が居て、だから王位を継ぐのは――」

 王子様は自嘲気味に笑いながら、シンデレラの手を解こうとしましたが、シンデレラは王子様の手をしっかりと握りなおしました。

「貴方(の求心力と容姿)でないと駄目なのです」

「……俺(自身)が必要なんだ……俺を……俺を、求めてくれてるんだ……」

「はい、その通りです」

 シンデレラの返答を聞くや王子様の目がぎらぎらと輝きだし、口元は緩んでいきます。

 それはもう、嬉しくてたまらないといった様子でした。

(0時になってしまう……まずいな、いつものみすぼらしいワンピースをドレスのように見せかけていたのが、バレてしまう……! くそ、なんとかしなければ……!)

 シンデレラは手のひらを広げると、王子様のほうへ一歩踏みこんで、ひじをあげて握られた手を振りほどきました。

「王子様、失礼いたします。用事を思い出したので、これにて失敬いたします」

 シンデレラはまた見事な敬礼を王子様にしてから、脱兎のごとくそこから走り出しました。

「シンデレラ! 待ってくれ! 俺を……俺を必要としてくれるんだろ!?俺を……俺を……!」

 王子様はシンデレラを追いかけていきますが、シンデレラはあっという間に階段を駆け下りてしまいます。日ごろの訓練の賜物です。

「シンデレラ!待って……!」

 王子は必死でシンデレラを呼び止めましたが、シンデレラは振り向きません。

「……絶対に逃がすもんか。やっと俺を見てくれる人を見つけたんだ」

 王子は、暗く濁った目を見開きました。

「……衛兵!シンデレラを捕らえよ!絶対に逃すな!」

「はっ!」

 王子の命令を受けた兵士たちが、シンデレラを追い掛け回します。しかしシンデレラは止まるわけにはいきません。なんて可哀想なシンデレラ!

(しまった……拳銃を落としてしまった……!)

 シンデレラは愛銃を落としてしまった事に気づきますが、立ち止まれば兵士に捕まってしまいます。

(素人が触って、暴発しないことを祈ろう……)

 シンデレラは愛銃を諦めて、また走り出しました。


「手段は選ぶな! 多少傷つけたって良い! 持てる武力は全部使え! 邪魔立てする者は容赦なく排除しろ!」

 独裁者のような王子様の号令に、兵士たちは戦々恐々としながら従います。

 もちろん会場は大混乱。舞踏会はめちゃくちゃになりましたが、王子様は逃げまどうシンデレラを捕まえること以外に興味がありません。

「ちょっとこれ、どういう状況!?」

 チキン片手に義姉が逃げるシンデレラの後を追いかけてきました。

「説明は後だ。ひとまず、この場を切り抜けねば……! 花崎、伏せろっ!」

 たたたたたんっ! シンデレラと義姉に、銃弾の雨が降り注ぎます。

「なんでこんな、メルヘンな国の兵士がアサルトライフル持ってんのよ!」

「問題ない。戦闘経験では恐らく俺の方が上だ」

 追っ手を撒くために銃弾を使い果たしてしまいましたが、シンデレラは格闘術で兵士たちを蹴散らしていきます。

 兵士たちの包囲網を突破し、シンデレラたちはようやく城外に出る事が出来ました。

「何手間取ってるんだ! ――もういい、俺が行く! ――キャッスルカイザー! 起動ッ!」

 王子様が叫ぶと、城が轟音を上げながら変形を始めました。

 城壁が動き出し、両側に側防塔が展開して肩を形成しました。そして、城の中心部にある大きな時計とガーゴイル像が頭部に変形し、城の外周にある塔が腕や足に変わっていきます。

「こいつ、動くぞ……!」

「ンなこと言ってる場合じゃねーわよ!ヤバいわよコレ!てか国民の血税でそんなもの作っちゃダメでしょ!」

『俺は目的のためなら手段も権力も財力も全て使う男だよ。――そして俺は……シンデレラ、君の存在に心奪われた男だッ!』

 シンデレラと義姉の目の前で、巨大なロボットへと姿を変えた城が迫ります。

 城門の前に停めてあったママチャリに飛び乗り、シンデレラは義姉とともに市街地に逃げ込みました。

「どどどどうすんのよアレ! どう考えてもキチガイよ! 王子があんなド地雷男なんて聞いてないわよ!」

「落ち着け。街の中に逃げ込めば、迂闊に攻撃もできないはずだ。自国の街を自ら王族が破壊するなど、あるは――」

 シンデレラが言いかけたそのとき、すぐ近くにあった民家が巨大ロボから放たれたビーム光線で消し炭になってしまいました。なんということでしょう。

「ずが無いと思ったが、なかなかどうしてやるようだ。非情な判断は時には上に立つものとして必要な資質だ。あの男はあれでいて、優秀な王になれるかもしれない」

「感心してる場合じゃねえ――!!」

『シンデレラ、どこにいるんだ? お前だけが、俺の空虚を埋めてくれるんだ……空っぽの俺が満たされる唯一の存在なんだ……逃げるなんて絶対許さない……!』

 王子様は非常に執念深く、シンデレラの苛烈な逃亡劇はしばらく続きました。


 ――それから数日後。

 逃亡劇は巨大ロボットの燃料切れで幕を閉じ、国民の血税を使い込んだ挙句、市街地を容赦なく破壊した王子様は勿論王位継承権を剥奪されました。

 とんとん拍子で王政は転覆し、そのまま崩壊。今はシンデレラの継母である貴族の女が国家元首として君臨し、王国は共和国となりました。

 めちゃくちゃになった市街地は復興に追われており、シンデレラも忙しそうに角材を運んでいます。

「シンデレラ、少し休んだらどうかな?疲れた顔しているよ」

「ありがとう。だが、まだ休むわけにはいかない。今日中に瓦礫を片付けてしまわないと……」

「だめ。シンデレラは働きすぎだよ。ほら、座って。俺が代わりにやるからさ」

「……ありがとう。すまないな」

「いいんだよ。俺はシンデレラの傍にいられるだけでしあわせだから」

「……ナチュラルに何で元王子様がここにいんのよ」

 隣にいた義姉が呆れ気味に呟きます。王子様は豪華な服を脱ぎ棄て、質素な服を纏っていますが、城にいた頃よりもずっと幸せそうに微笑んでいます。

「まさかあの時階段に落ちていた拳銃の持ち主がシンデレラだったなんて。ずっと探していた甲斐があったよ。他の娘にも握らせてみたけれど、すぐに違うって分かった。あの躊躇のない、いつも握っているかのような持ち方……」

「ちょっと待ってよ!」

 うっとりと王子様が語り始めましたが、義姉が強引に割り込んできました。

「てか! あたしの賄賂は!? 夢のバラ色ライフは!?」

「任務通り、王政は転覆し、国民は自由を得た。――任務完了だ」

「はあああああ!?」

 こうして、シンデレラは幸せに、そして末永く暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

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ハンター・イン・ザ・スクール アナザー・ミッション しノ @shinonome114

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