驚天動地のフェアリー・テイル 前編

 むかしむかし、とても心の強い娘がいました。

 小柄な体躯、大きな瞳のあどけない顔立ち、それに似合わぬ凛々しく吊り上がった眉毛と鋭い眼光。口を真一文字に引き結び、背筋をぴんと伸ばし、堂々としたたたずまいは、みすぼらしい服装でもどこか威圧感すら感じさせます。

 娘は早くに両親を亡くし、王国の反乱軍の一員としてゲリラや工作活動などを行っていました。

 工作活動の一環として、娘は上官と偽装結婚をした協力者である貴族の女に引き取られ、娘には継母と義姉ができました。

「灰かぶり! さっさと掃除をしなさい!――ていうかなんであたしが意地悪な義姉役なんかしなきゃいけないのよ! フツーあたしのよーな美少女がシンデレラ役をやるべきでしょーが!」

 地団太を踏みながら、娘を灰かぶりと呼びつけ、義姉はつらくに当たりました。嗚呼、なんてかわいそうなシンデレラ!

「花崎の命令に従う理由は無い。それに、それをちらかしたのは君だろう。自分で片づけたらどうだ」

 心の強いシンデレラは義姉の暴言に動揺することなく愛銃の手入れを行っています。軽量で頑丈なポリマーフレームが手にしっくりと馴染み、ガラスの靴やカボチャの馬車よりも彼女にとっては素晴らしい相棒でした。

「あたしは舞踏会に行く準備があるから忙しいの!ぜぇんぶアンタがやんなさい! ――なにこの悪役ムーブ!ヒロインはあたしのほーが相応しいでしょうが!なんで天原なわけ!?」

 頭を掻きむしり、ヒステリックに叫ぶ義姉を見て、シンデレラははっとしました。

「舞踏会だと?……なるほど、確かに王族が一様に集まる機会は滅多に無いな……混乱に乗じて王を殺害するチャンスでもある……」

「ウワ……なにこのシンデレラ……怖っ……」

 健気で気丈に振る舞うシンデレラに、義姉はひどく狼狽しました。

「よし、花崎。俺も舞踏会に向かうことにする。必要な装備などはあるだろうか。舞踏会での作戦は俺には経験はなく、勝手がわからん」

「喝ッ―――!!」

 義姉は雑巾でシンデレラをフルスイングでビンタしました。嗚呼かわいそうなシンデレラ! ちなみに雑巾はシンデレラが寝る前に丁寧に水洗いしていたものです。

「なにをする」

「あたしは政治的な目的を達成するために暴力で訴えるような真似テロリズムを義理でもキチガイでも義妹にさせる気はないわ!それが義理と人情ってモンでしょーが!」

「ギリトニンジョー……?」

「ジャパニーズ・ビューティフル・イデオロギーよ!」

 義姉はシンデレラの肩を掴んでから、セコンドのようにバシバシとたたいてきます。

「暴力じゃなくてもいいじゃない……! アンタが王子と結婚して、プロパガンダを広めて、世論を操作して、王政を転覆するなりなんなりすればいいのよ! ラブアンドピースだわ!」

「ふむ……」

 シンデレラは義姉の提案に一理あるかもしれない、と思いました。

たくさんの血を流し、銃弾を消費するのはとてつもなく不毛なことです。

「……わかった。君の作戦を採用することにしよう」

 シンデレラの言葉に、義姉はにやりと笑って「よしきた!」とクローゼットを漁り始めました。

「成功した暁にはあたしを要職に就けて賄賂も渡しなさいよね、わかった?」

「君のような欲深い人間を政治に関わらせるわけにはいかない。きっと国税を使い込み、私腹を肥やすだろう」

「アンタはあたしのこと、何だと思ってんのよ!?」

 怒声をあげる義姉にピンクのドレスを叩きつけられ、シンデレラは小さくため息をつきました。


 そして一時間ほどクローゼットを漁っていましたが、義姉は突然奇声を上げはじめました。その間、シンデレラは熱心に狙撃銃のメンテナンスを行っていましたが。

「――ダメだわ! こんな流行おくれの激ダサドレスなんかじゃ、きっと目が肥えまくってる上に女に言い寄られまくって、半ば人間不信に陥り気味だけど、笑顔が張り付いてるクソムカつく優等生気質の王子に『そのドレス、とても素敵だね。お母さんから譲り受けたものかな? ものを大事にできる事は、とてもいいことだね』って日和見スマイルかまされてそのままスルーされるに決まってる!」

「随分具体的なイメージだな。君は王子に会った事があるのか?」

「いや、凱旋パレードでしか見たことないけど、絶対そんな感じよ……!」

 義姉は悔し気にうめいてから、ばっと立ち上がってシンデレラの腕を掴みました。

「魔法使いに頼むわよ! とびきりの、特別でスペシャルで、ハイパーめっちゃウルトラゴージャスなドレスを! 人は見た目が十割! 性格がいいほうがイイ~なんて、そんなもんただのキレイごとの建前よっ!」

 そうして、身もふたもないことを言い出した義姉に連れられ、シンデレラは魔法使いの家に向かう事になりました。

 魔法使いの家は「夜露四苦」だとか「喧嘩上等」といった看板を掲げた、いわゆるヤカラ風の男たちが出入りしていて、非常に物騒な場所でした。

「なんだッ、おめーらは! 兄貴に用でもあんのかッ? ああん?」

「女やガキが来るとこじゃねーんだよ、とっとと帰れやッ!」

 前髪を膨らませ、長く突き出した髪型や、金に染められた派手ないでたちの男たちがシンデレラと義姉の前に立ち塞がりました。

「すまないが、魔法使いに用事があるんだ。そこをどいてくれないか」

「どけっつわれて、退くやつがいるわけねだろがっ、アア!?」

「ナシきーてんのか、このナスがッ!」

 シンデレラの問いかけにも、男たちは耳を傾けてくれません。なんてかわいそうなシンデレラ!

「……交渉決裂だな。では、実力行使で行かせてもらう」

 しかしシンデレラは脅迫などに屈しない強い心を持っています。言ってから、すぐさまシンデレラはみすぼらしいいつものワンピースから自動小銃を取り出すと、容赦なく男たちに向かって引き金をひきました。

 たたたたたんっ! 軽快な音と共に、男たちはばたばたと倒れていきます。

「うぎゃあああああ!」

「ひいいいいっ……!」

「ちょ……!」

 義姉はその様子を見て顔を青白くさせましたが、もちろんシンデレラは動揺しません。だってシンデレラはとても心優しいので、ゴム弾によって相手を気絶させることで、命を奪うことなく事態を収めることに成功したんですから。


 こうしてシンデレラは平和的に道を開けてもらい、無事に魔法使いのもとにたどり着くことができました。

「――おう、ワシのダチたちに随分な事してくれたようじゃな」

 魔法使いは前髪を膨らませ、長く突き出した髪を撫でながら、シンデレラにそう言いました。

「花崎の命令に従ったまでだ」

「ちちちちがうわよ! セートーボーエーよ!」

「……まあえいわ。あいつらにも良い薬になったじゃろ。最近、カタギに迷惑かけすぎとったからな――で」

 魔法使いはハサミを机に置くと、にらむようにシンデレラをみつめました。

「ワシに何の用事じゃ? こう見えて、今の時期は忙しくてのう。ウチの連中がピリピリしとんのも、それが原因でな」

「とびきりの、特別でスペシャルで、ハイパーめっちゃウルトラゴージャスなドレスを君に作ってもらいたい」

「ほぉ……」

「舞踏会に行くことになった。そこで王子に見初められる必要がある。その為には、特別な戦闘服ドレスが必要だ」

「うちの店にゃそういう娘がごまんと来るんでな、おどれだけ特別にっちゅーのはできん。皆、王子を射止めるために買いに来とる。おどれだけが例外じゃないわい。……しかも舞踏会はあと一時間後。どう頑張っても、ドレス一着も仕立てられん」

 魔法使いはもう話は終わったとばかりに、店の奥にひっこもうとしてしまいます。しかしシンデレラはあきらめたりしません。

「……俺には、この国を変える任務を背負わされている。その使命を果たすには、君の協力が必要不可欠なんだ」

「……」

「あたしからもお願いするわ……! この子に、ぜぇんぶ任せちゃいましょうよ……!コイツに協力してアンタの店が国営の店になれば、ウハウハのバラ色人生間違いなしよ……!」

 魔法使いは、義姉の言葉を無視して、シンデレラの目を見てぴたりと動きを止めました。シンデレラの目は、まっすぐで、きらきらとしています。

「……ふん。気に入った。そいつぁ、ええ目じゃ」

 魔法使いはばっと机の上に色とりどりの布を広げました。

「ハンドメイドショップ『プラム』店長、『針子のウメタロウ』の名は伊達じゃねぇっちゅうことを教えちゃるわ!」

 魔法使いはみごとな手さばきで、シンデレラのドレスを仕立て始めました。


 いっぽう、舞踏会の準備にあわただしく追われる王城では、王子様がため息をついていました。

 夕焼けのような瞳を伏せて、憂いた表情を浮かべる王子様に、侍女たちはみな頬を赤く染めています。

「王子様のお相手は誰になるのかしら」

「やっぱりとなりの国の姫さまかしら?」

「もしかしたらあたしが見初められちゃったりして……!」

「バカね、あんたが選ばれるわけないでしょう?」

「なによ!」

 侍女たちはかしましく騒ぎながら、大広間の飾りつけに向かいました。

 その様子を目で見送って、王子様はまたため息を一つ。

「はあ……気が重いな、舞踏会なんて。どうせ皆、俺の容姿や地位にしか興味がないんだろうな……はあ……俺なんかどうせ兄貴の代わりなのに……あー、俺の顔が美しいばっかりに! 配慮もできて完璧で、優しい王子様を完全に演じられちゃってるばっかりに!」

 王子様は嘆きながらバルコニーに乗り出して、遠い空を見上げました。その横顔すらも美しい、と、誰もが思うことでしょう。

「……ああ、憂鬱だなあ……俺を見てくれる人と結婚したいよ……俺自身を見てくれる人。そんな人なら、俺の権力も何もかも捧げて、ぜえんぶ差し出せるんだけどなあ……手足になって、なんでもできるのになあ……その人を縛り付けるためなら、どんな手段でも使って、徹底的に退路を断って、逃げられないようにして、絶対に離れないようになんだってするのになあ……」

 どろりとした暗い目をした王子様の横顔を見ている人は誰もいません。

「いけないいけない。俺は完璧な超人王子様。ちょーぜつイケメンの、パーフェクトプリンス。こんなところ見られて、イメージダウンしたら大変だ。はい復唱!ちょーぜつイケメンの、パーフェクトプリンス!」

 王子様はぱちんと自分の頬を叩くと、また笑顔を貼り付けて、城内に戻っていきました。


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