天涯比隣のハッピー・バース・デイ

「御宅田のヤツ、おそーい!!」

 パフェを食べながら、花崎は苛立たし気に叫んだ。

「まあまあ、そんなせかせかしなくていいんじゃない」

「片瀬何なの!? 仏か! あたしは集合時間に遅れてくるヤツがいちばん嫌いなのよ!」

 白華学園近く、ファミリーレストランチェーン店『ゲスト』。土曜日の昼下がり。忙しいランチタイムを終えた店内は閑散としていた。

「でもさあ。花崎が急に言い出したんだろ。事件解決の打ち上げしようって――一時間前に。俺なんか三十分前まで部活あったんだけど……」

 学校指定のジャージのまま、片瀬はアイスコーヒーのグラスを傾けつつ、つぶやいた。

「う……でも天原はどうせ暇だったでしょ?」

「俺は事件の後処理と、アズィーム氏との今後の対応について話し合っていた」

 目元に隈を作っていたミコトは、いつもの無表情のままそう言って、アイスミルクのストローに口をつけた。

「うぐっ」

「御宅田だって、急に出てこいって言われて、しかもこんな時間に呼び出されたら、そりゃ来るのが遅くなるだろ」

「な、なによ……あたしが悪者ですか! そーですか! へえへえ! 無神経ですみませんでしたね! 土曜日も暇人で! 悪いわねえ!おいそがしー皆様にご足労かけちゃってぇ!」

 パフェのシリアルをがりがりかじり、花崎は自棄になったように叫ぶ。

「や、そこまで言ってないけどさ……」

「御宅田は多少時間がかかる用事があると言っていた。だから、仕方がない」

 ミコトがストローでミルクに溶かしたガムシロップをかき混ぜながら言った。

「用事? ……その心は?」

「機密事項だ」

 その言葉に、また出た!と花崎が喚きだすのを横目で見てから、ミコトは先ほど御宅田と会ったときのことを思い出していた。




「御宅田」

 すっと自販機の陰に潜んでいたミコトが声をかけると、呼びかけられた金髪の少年は、わかりやすくびくりと肩を震わせた。

「びっくりさせないでくださいよ……心臓止まるかと思った……」

「尾蝶会長からの言伝だ。三原ミカの両親が、君を探していたそうだ。ぜひ話をしたいと――でないと、意味がないと」

「え……でも、……ボクは」

 そんな資格はない、と言おうとしたのだろうが、ミコトが拳銃をおもむろに額につきつけてきた。

「返事は」

 冷たい金属の感覚に、御宅田は目を白黒させた。

 つまるところ、ミコトは「肯定」か「死」か、と問うているわけで。

「い、イエス・サー!喜んで!」

「よろしい。スマホに座標を送信しておいた。今からそこへ向かえ」

「了解であります!では行ってまいります!」

 敬礼をすると、御宅田はそそくさと走ってその場から立ち去った。


『三原』という表札を見ただけど、御宅田は思わず足を止めてしまう。

(きっと、僕の事を恨んでいるに違いない……僕を庇ったせいで、ミカちゃんが死んでしまったんだから)

 インターホンを押す指が震える。

(逃げちゃダメだ。それに、ミカちゃんのご両親は、僕に怒る権利がある。だから、殴られても、蹴られても、文句なんて言えない。それで少しでも気分が晴れるなら、いくらでも……)

 震える指でボタンを押すと、軽やかなチャイムが鳴った。

 そうしてすぐ、ドアが開かれる。見覚えのある、ミカと同じ栗色の髪の女性が視界に入って、御宅田は反射的に顔を俯かせた。

「こ、こんにちは……!」

 絞り出したような声で、御宅田。恐る恐る顔を上げて女性を見ると、彼女は穏やかな笑顔を浮かべていた。

「あなたが、アツシくんね? ミカの母です。……どうぞ上がって」

 そう言って、ミカの母親は御宅田を家へと招き入れた。


 リビングに通されると、穏やかそうな、眼鏡をかけた男性――恐らく、ミカの父だろう――が、ソファから立ち上がって御宅田を出迎えた。

「初めまして。君が、アツシ君だね」

「あ、はい……。その、御宅田アツシです……え、と、あの……」

「さぁ、座って。お茶を淹れるから、待っててね」

 促されるまま、御宅田は緊張しながら椅子に腰掛ける。

「君のことはミカから聞いていたよ。綺麗な金髪の男の子で、とても優しくて、アニメとかに詳しい友達がいるって」

「……っ」

 御宅田は立ち上がって、勢い良く頭を下げた。

「ミカさんが亡くなってしまったは、僕のせいです。……僕を庇ったばっかりに、あんな目に遭わせてしまって、本当にすみませんでした……」

「それは違う、君のせいじゃない」

「僕は何も出来なかったんです……!結局、ミカちゃんを死なせて……っ……!……何も、出来なくて……!!」

 ぼろぼろと涙と共に自責の言葉を漏らす御宅田の前に、湯気だった紅茶が出された。

「いいえ。ミカはいつも楽しそうに言ってたわ。アツシくんっていう友達が出来たんだって。毎日学校が楽しいよって」

 尚も泣きじゃくる御宅田の手に、ミカの母親は何かを差し出した。

「……これ、ミカからあなたへのプレゼント」

 それは小さな箱だった。可愛らしいラッピングがほどこされた、贈り物だ。

「開けてみて」

 箱を開けると、そこには、カラフルな糸で編まれたミサンガが入っていた。

「……ミサンガ……」

「ええ。私達とショッピングモールへ行った時に買ったの。……ミカが、あなたの分も一緒に買いたいって。せっかくだから誕生日に渡そうと思ってたんだって」

「……み、ミカちゃん、そんなこと一言も言わなかった……。僕の、誕生日なんて知らないはずなのに……」

「あの子は昔からサプライズが好きでね。君の誕生日も、きっと驚かせようとして黙っていたのだと思う」

 ミカの父親は目を細めて、御宅田の手にあるミサンガをみつめた。

「アツシくんは、とても面白くて、いつも優しくて、私の一番の友だちだよ。いつか紹介するねって嬉しそうに話していたの。……今日、アツシくんの誕生日なんでしょう? だから今日には絶対、ミカの代わりに渡したかったの」

 ミカの母親の言葉に、堪えきれず、御宅田は泣き崩れた。

「ミカがいなかったことにされてたのに、それを変えてくれた。ミカのことを、アツシ君が諦めなかったから、ミカを追い詰めたやつらを告発してくれた。――ありがとう。アツシ君」

「ミカの分まで生きて、幸せになって。それがミカにとっても、一番嬉しいはずだから」

 二人の言葉に、御宅田は何度も、何度でも、ただひたすらに、首を縦に振ることしかできなかった。



「……ミカちゃん、こんなサプライズ、ずるいよ」

 ミカの家から帰る途中、御宅田はそう呟いて、自分の手首を見つめた。

 そこにあるのは、ミカから貰った、カラフルなミサンガ。

「……君はいつもそうだよ。僕が困っている時、辛いとき、必ず助けてくれる」

 御宅田は瞼を閉じて、またこぼれそうになる涙をぬぐった。

 瞼の裏には、明るい笑顔と声で、いつも元気をくれるあの女の子の姿が、浮かんだ。

「……これからも、助けてくれる?」

 返事はない。初夏が近づいてきた、しめぼったい風が吹くだけだ。

 御宅田は自嘲気味に笑って、また歩き出した。

「なんて」

 そうして歩いていると、けたたましく彼のお気に入りのアニメ『ミラクル☆アイドル』のオープニングソングが流れ出す。慌ててスマホを取り出すと、ミコトからの着信だった。

「もしもし」

『ああ、俺だ。用事は済んだか?』

「あ、はい。おかげさまで――」

『そうか、それな――終わったなら早く来なさいよ!主役が来ないと始まらないでしょ!』

 電話の向こうでミコトからスマホを奪ったらしい花崎の怒声が聞こえてきて、御宅田はびくっと肩を揺らした。

「す、スイマセン!すぐ行きます!」

 通話を切ると同時に、御宅田は再び走り始めた。

 幸いな事に、すぐ近くに目的のファミレスがあったので御宅田はほっと息をつく。

 ドアに手をかける際、ミカからのプレゼントのミサンガが視界に入った。

 「……ありがとう、ミカちゃん」

 受け取ったミサンガを見つめると、不思議とミカの声が聞こえてくるような気がした。


『アツシくん、ハッピーバースデイ!』

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