美利多利(みりたり)

夕日ゆうや

第1話 ミリタリー

 ライトニングⅡを発進させる。

「アイハブ・ア・コントロール」

 カタパルトから射出されると、轟音とともに空を裂く。

 オスプレイの護衛任務。

『管制局より、柏木かしわぎオスプレイにつけ』

「了解」

 オスプレイの右側面に寄せると、頭痛がした。

(なんだ?)

 頭痛はすぐに引いていく。

 オスプレイの積み荷は新兵器との噂もある。それが原因かもしれない。

 だが、今は。

 駐屯基地スーズーリアにオスプレイが降りるのを確認すると、俺はライトニングⅡをその隣の滑走路に下ろす。

「たく、なんだって言うんだよ」

「知りませんよ。急な任務とのことで」

 整備士のリビルトが俺のベルトを外すと、ようやく解放された俺はヘルメットを取り、滑走路に降りる。

 今日の任務はオスプレイの護衛。それだけだ。

 今の時代、戦争なんて起こせない。起こす気があるとしたら極東にあるアーガストくらいだろう。

 更衣室でパイロットスーツから軍服に身を包む。

 ふらふらと歩き出すと、食堂にたどり着く。

 戦闘機に乗るのはかなりのストレスがかかる。だから半日で任務を終えることもある。

 それに俺たち軍人は普段は暇な方がいいのだ。

 激辛カレーを頼むと、俺は長机の前にある丸椅子に腰を下ろし、激辛カレーを見つめる。

 スプーンで食べ始める。火を噴きそうになるくらい辛い。

 この辛さがやみつきになる。

 と、目の前の席に女の子が座る。

 その衣服は軍服なのだが、かなり改造されている。

 軍服を改造することはよくある。無法地帯なので、それは普通にある。

 軍なんて場所は本当にバカとアホと、愛国心と、そして狂乱者が来る場所だ。

 その女の子は白色の改造軍服で、スカートと太ももの間にはガーターベルトがちらちらと見える。

 胸はあまりなく、背は小さい。幼さを残した顔立ちは整っており、髪はピンク色で長い。

「誰だ?」

 このスーズリアにいる軍人は大抵知っている。だが、この小娘を俺は知らない。

「失礼しました。わたしは美利みり。一ノいちのせ美利です。柏木かしわぎさん」

「俺のことを知っているのだな。一ノ瀬」

 美利はニヤリと口の端をつり上げ、告げる。

「ふふ。有名人ですもの」

 妖艶な笑みを浮かべ、グラスのふちについた口紅を指で拭き取る美利。

「で。なんのようだ?」

「ご挨拶までに」

「……」

 訝しげな視線を這わせると、美利は少しほころぶ。

「よろしくお願いします」

 そう言って手を差しのばす美利。

 俺は遠慮がちにその手を握る。

「ああ。だが、戦力にならないなら、すぐに切り捨てるからな」

「それは怖い」

 まるで怖がっていないように応じる美利。

 信じていないのかもしれない。

「本当の話だぞ」

「ふふ。わたしなら大丈夫です。勝てますから」

 自信満々に言う美利だが、戦場は非情なもの。ただ運が悪かった。それだけで死ぬのは多い。

 雷飛らいと古井斗こいと早来さく海波みなみ三郷みさと、他にもたくさんの同僚が死んでいった。

 それでもこの国を、家族を守りたい。

 だから俺はここにいる。


 警報が鳴り響く。

《中央海道から敵機接近、軍籍にある者は直ちに戦闘準備! 繰り返します。中央海道から敵機接近、軍籍にある者は直ちに戦闘準備!》

「くそ。休んだばかりなのに!」

 俺は愚痴を言いながら、食事をやめて走り出す。

 滑走路に出ると、すぐ傍にあるライトニングⅡに乗り込む。

『敵機は潜水母艦。座標527にて戦闘機の発艦を確認』

 すぐさま、機体のチェックを行い、滑走路を走らせる。

 その間に状況を頭にたたき込む。

 敵は三機。

 こちらの領土を攻めようとしている。アリシア王国の手先ではないだろうか?

 空に飛び立つと、そこには無限の空気が広がっている。

 その空に小さな黒い影が映る。

「会敵、これより攻撃を開始する」

 俺は引き金を引き、ミサイルを発射する。

 センサーの一種であるドップラー効果で近接信管で爆発するミサイル。その爆風に煽られ、金属片が降り注ぐ敵機。爆散したあと、次の敵機に向かって飛翔する。

 ミサイルの弾数は5発。

 行ける!

「後ろを捕らえた。これより攻撃する」

 敵機に接近する。ロックオンする。

 と、白い雲の中に消える敵機。

「なんだ。どこへ……」

 警告音が鳴り響き、レーダーが後方に敵機がいると告げる。

「なっ!」

 やられる!

 発射されたミサイルから逃げるように速度を上げて、チャフを散布する。

 チャフを本機と誤認したミサイルは空中で爆破する。

 だが、敵機は本機から離れない。

「くそ。こんなところで!」

 横合いから飛んでくるミサイルが敵機を撃破する。

冬弥とうや! 俺の獲物に手を出すな」

『素直にありがとうと言えないんすか? 先輩』

 微笑む俺の顔が見えているかのように訊ねる冬弥。

 ライトニングⅡがエンジンを吹かし、排熱する。

 最後の一機を見つけると、ロックオン。

 ミサイルを発射する。

 右翼に設置されたミサイルに火がつき、ハードポイントから離れ、白い水蒸気を上げて飛翔する。

 空を裂き、敵機を捕らえるミサイル。

 爆散。

 敵機を完全に制圧したあと、潜水母艦へ向かう。

「敵機だ。落とすぞ!」

『了解っす!』

 ザザッとノイズの走る無線機。

藤堂とうどう少尉、柏木かしわぎ中尉、帰艦せよ。繰り返す。帰艦せよ》

「なんで!? 敵機はそこにいるのに!」

《彼らは交渉にきた使者である》

『停戦?』

 冬弥の言葉が耳に届く。

 確かにこの様子なら、そう言えるのだろう。

「……了解した」

 俺は帰艦するためにターンをすると、冬弥の機体もついてくる。


▼▽▼


「しかし、なんだって使者なんて」

 冬弥がぶっきらぼうに応じる。

 戦争を始めた敵国を許せない気持ちは分かる。

 だが、俺は家族を守るために戦っている。憎む気持ちはない。

「奴らをぶっ潰す。だからこそ軍人になったんだ。そうでしょう? 先輩」

「い、いや。まあ……」

 冬弥の目に怒りが見え、言葉に詰まる俺。

「だいたい戦争というものは、自軍の被害は最小限に、敵には最大の損害を与えるものでしょう?」

「……」

「なのに上層部は甘いんっすよ!」

「ほう、面白い話をしているな」

 テノールボイスの頭に響く声を後ろからかけられる。

「は、萩原はぎわら大尉!」

 驚いて敬礼をする冬弥と、俺。

「上層部のオレに用があるんだってな?」

「い、いえ……」

 先ほどまで息巻いていた冬弥が小さく縮こまっている。

「いい。忌憚きたんのない意見を聞かせろ」

 萩原は鷹揚にうなずいてみせる。

「すみません。ただ核を使わない今次作戦に疑問が残る戦いだと思います」

「バカ者!」

 萩原のビンタが冬弥の頬に跡を残す。

「いくら敵軍とはいえ、核を使うことをなんとも思わないのか!?」

「自軍を守るためなら、敵軍の損害など!」

「分かっていないようだな。藤堂少尉、柏木中尉は今すぐ第二ブリーフィングルームに来い。鍛え直してやる!」

「「はっ!」」

 俺もかよ。冬弥め。

 あとで昼飯でもおごってもらうからな。

 俺たちは第二ブリーフィングルームに向かうことになった。

 その後、説教と、懲罰として滑走路二十往復を言い渡され、俺たちは滑走路を走り続けていた。

「お前のせいだからな。冬弥」

「へい。先輩の言うことは正しいっす」

 どこか馬鹿にしたような言い方の冬弥。

「絶対おれの方が正しいのに……」

 冬弥はブツブツと呪詛のように呟く。

 しかし、核ミサイルを使えと言うとは。

 あんなもの、今すぐにでも放棄すればいいのに。

 大量破壊兵器は敵国への抑止の意味合いが強い。

 それを使うなど、他国からの批判は目に見えている。

 現政権は核を使うことを躊躇ためらっている。

 俺はそれでいいと思っている。

 それにここには新兵器が配備された――今はまだ見ていないが、これからの戦局を大きく変えるだろう。

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