第7話 散
花火大会3日前。
道隆くんから集合時間と場所の連絡が来た。
藤原くんからも確認するように『道隆くんから当日の連絡来た?』とメッセージが来る。
一週間振りに藤原くんに会えるのだと弾む心に手を当てる。浮かれているのは自覚している。だけどちょっとでも可愛いと思ってもらいたくてバイト代で浴衣を買った。
着付動画を観てはずっと練習している。
そして花火大会前日。
藤原くんからのメッセージがぴたりと止んだ。
どうしたのだろうと不安な気持ちで最後のメッセージを見る。
今日はすごく暑かった、という話題で好きなアイスの話をして、最後に私がふわふわのかき氷が食べたいと送った所で終わっている。
何か嫌な気持ちにしてしまっただろうかと記憶を辿る。
大学のカフェテリアで私と道隆くんはコーラフロート。そして藤原くんは水。
「冷たいものが苦手?」
でもケーキ屋ではアイスティーを飲んでいたし、好きなアイスの話もした。何が原因でメッセージが止まったのか分からず心臓が嫌な音を立て、息が出来ないくらい苦しくなった。
どうしたの?
何かあった?
そう聞きたいのに、ウザいと思われるのが嫌で聞けない。
どっちにしても明日になれば会えるんだしと思って藤原くんへメッセージするのを我慢した。
早くから支度して、何度も鏡で確認して、何度も新着メッセージがないことに落胆しながら家を出た。
集合時間にはまだ早く、汗で浴衣が貼り付く。化粧も頑張ったのに、こめかみから汗が滴り落ちた。
「ひかりちゃん」
私を呼ぶ声に右を向く。
「藤原くんは?」
そこには道隆くんしかいない。
「あのさ……」
言い難い事でもあったのだろう。道隆くんがらしくない表情を見せる。
「ヨシは来ない」
「どうして?」
「浴衣可愛いね」
「話を逸らさないで」
藤原くんに言われたかった台詞が道隆くんの口から出た事に胸が痛い。苦しい。
「教えて。藤原くんは?」
懇願だった。嫌な予感に涙が出そうになるのを必死に堪える。
「来ない」
「だからどうして」
「来れないんだ」
来ないではなく、来れない。
そこにどんな事情があるのか。
道隆くんは手に持っていた紙袋を前に出す。
「ヨシから」
「私に?」
道隆くんが肯くので私は紙袋を受け取る。中を見ると長方形の箱が入っていた。
「ヨシ、短期バイトして買ったって」
ザワザワする心音を耳にしながら箱を開けると白い万年筆があった。パールがかっていてキラキラしてとても美しい。
文具屋で、万年筆も欲しいな〜と囁く私の言葉を藤原くんは聞いていたのだ。
嬉しいけど、これは
「何で藤原くんは」
目尻から雫が落ち、買ったばかりの赤い鼻緒が赤黒く染まる。
「ヨシ身体が弱くてハタチまで生きれるかどうかって言われてて」
そんな、と言う声が出ず空気が漏れる。
「でもあいつハタチになってもちゃんと生きてて。この夏はたくさん思い出作りたいって。だけど俺と二人じゃムサイし」
そう言って道隆くんは私を見る。
「ひかりちゃんと会えて嬉しかったみたいでさ、毎日楽しいってスマホずっと持ってた」
泣き笑いの顔につられ涙が溢れる。道隆くんが歪む。
「ごめん。後先考えずひかりちゃんに辛い思いさせてるよな」
道隆くんのせいじゃないと首を横に振る。
「ヨシ入院してるよ。動画送ってって言ってた」
唇を噛んで頷くと涙がボロボロ落ちた。
辛いのは道隆くんも同じ。
「私、藤原くんの事が――」
頭上で大きな音が響く。
震える手でスマホを持ち鮮やかな華に向ける。
五分撮っては送り、また五分と、繰り返す。
返信が一度だけあった。
『君がため をしからざりし 命さへ
ながくもがなと 思ひけるかな』
それなら頑張って生きてよ、とスマホの上に涙をこぼして子どもみたいに泣きじゃくる。
夏の夜、彩り鮮やかな華の下で彼は――。
――ねえ、君の夏は何色になりましたか? 楽しかったですか? 藤原くんの夏の思い出を鮮やかな色でもっと染めてあげたかったな……。
私は夏の夜に花が咲く度に、彼のことを思い出し胸が痛くなるだろう。
思い出は花火のように鮮烈で美しく、刹那に儚く散った。
〈了〉
夜空を彩る華は儚く 風月那夜 @fuduki-nayo
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