第6話 心
藤原くんと二人きり。
道隆くんがいないだけなのに何かが違う。
相変わらず顔色は悪いけど、微笑むと幼くなる顔が直視出来ない。
「わ、私が好きなのは、このペンなんだけど……」
ショッピングモールにある文具コーナー。書き味の良いお気に入りのペンで試筆する。なめらかなジェルインクで白い紙に丸、三角、四角を書く。
「僕も書いてみたい」
手の平を上に向ける藤原くん。腕と腕が微かに触れる。ぴくりと反応した私の指がペンを離すと、藤原くんの手に落ちた。
「どうしたの?」
「な、何でもないよ」
彼はちょっぴり笑いながら三角形の真ん中に一本の直線を書き足す。
まるで名前のない相合い傘みたいだなんて考えて……。バレない程度に視線をずらす。肩の位置は私より上。白いシャツの袖が視界にある。
「……長袖暑くない?」
「ん? 暑いよね。このペン書き心地いいね」
ねえこれって相合い傘? ――なんて聞けるわけない。
「12色セットもあるんだよ」
棚を指差すと、藤原くんは透明ケースに入った12色入を手にした。
今日のお礼にと、藤原くんはイートイン出来るケーキ屋に入った。
好きなものどうぞ、と言われるがあまり高いものは遠慮して、チーズケーキとアイスティーを注文する。藤原くんはアイスティーだけ。
「甘い物苦手?」
「そんなことないよ。でもひとつは食べ切れないな」
「じゃあ半分こする?」
「ありがとう。じゃあ一口もらっていい?」
いいよと言いながら私はチーズケーキにフォークを入れる。少し大きめサイズをフォークに乗せ、柄を渡すために手を伸ばした。
藤原くんは手を出さず、大きく口を開ける。
あ、と思った時にはフォークの上にはもう何もなく、藤原くんの頬が動いている。
「美味しい」
「そう。……良かった」
私は顔が上げられずフォークに視線を落とす。私は潔癖症ではない。
何て事はない。友達が先にフォークを使っただけ。良くあることだ、と自分に言い聞かせてチーズケーキにフォークを入れると鼓動が早くなる。
パク、と口に入れたケーキの味は分からなくて、代わりに顔が熱くなった。
「源さんは誕生日いつ?」
「5月」
「もう過ぎてるね。遅いけど、おめでとう」
「ありがとう。藤原くんは?」
「1月だよ」
彼の声が低く沈んだ気がして顔を上げる。すると藤原くんは、どうしたのという表情で微笑んだ。
気のせいだったのだろうとその時はそう思うしかなかった。
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