第61話 死霊術師
眼下に湖が見えてきた。今のところ、遠目に見る限り異常は無い。湖は大きな波もなく静まっており、フレイシアたちの住居である塔も健在だ。
フレイシアはケリーに指示して湖の畔に降り立った。
「あいつか」
デリックが呟く。
その視線の先には、一人の少女が立っていた。こちらに背を向け、静かに湖を望んでいる。明るい陽光の下で、白いドレスは少しの汚れもない。薄いショールを優雅に羽織り、腰まで伸びた金の長髪をそよ風に揺らしている。地面に杖をついて立つ姿は名家のご令嬢という言葉がよく合う。ノイルが言っていた通りの印象だった。
フレイシアたちの気配に気がついたか、少女はこちらを振り向く。風になびいた髪をかき上げながらの所作は優雅なものだ。
少女は微笑みを浮かべつつ言った。
「こんにちは。二人とも、また会えて嬉しいわ」
フレイシアは少女と初対面だ。そして、デリックもそうなのだろう。敵は己の正体を隠すつもりは無いらしい。
「こっちは嬉しくねえよ、死霊術師。いや、エリン・メルジェンシア」
デリックがいきなり敵意を剥き出しにしても、少女は微笑みの表情を崩すことはなかった。
デリックはさらに畳みかけるように言う。
「お前が受け継いだ死霊術で守り神を支配し、町の子供たちから命を吸い上げていることは分かっている。すぐにやめてもらうぞ」
デリックの言葉を聞いた少女は「おや?」と意外そうな表情を見せた。
「受け継いだとは?」
「とぼけるんじゃねえ。不死戦争の後、帝国から渡って来たコリンダから先祖代々受継いだ古い術のことだ。お前は守り神の力を維持するために、ずっとこの国の子供たちを食わせ続けた。調べはついてんだよ」
デリックが怒りのこもった言葉で責め立てる。しかし、対する少女は最初こそ少しの驚きが見られたものの、だんだんとデリックを嘲るような品のない笑みへと変わっていった。
「まあ。ふふふ……。それはそれは、随分と杜撰な調べ方をしたのね。ふふふっ」
「何がおかしい!」
フレイシアは思った。
やはり自分の推測は当たっていた。こいつは、エリン・メルジェンシアではない。
「おかしいに決まっているわ。だって、貴方の言うことは間違いだらけなのだから。あまりにも愚かで笑ってしまうのよ」
「なんだと?」
「デリックさん」
今にも飛び掛からんとするデリックを、フレイシアが呼び止める。
「こいつは、エリン・メルジェンシアではないです……」
「あら、そっちの魔術師は気づいたみたいね。貴女の考えを聞かせてもらえるかしら?」
完全にフレイシアたちを見下した態度で仰々しく答えを促す少女。何が面白いのか、その顔は話をするのが楽しくて仕方ないという表情をしていた。
「あなたはコリンダの子孫なんかじゃない。あなたこそが、二千年前に帝国から亡命してきた死霊都市の死霊術師、コリンダ・グラスフィンまさにその人なんだから!」
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