第60話 追加の生け贄

 静かになると、馬車の中を落ち着いて見る余裕が出来た。

 ノイルとマイナが乗せられた馬車の中には、大人四人掛けの椅子が二つ向かい合って設えられていた。その座席目一杯に詰めて子供ばかりが六人ずつ、合計十二人も座っている。

 椅子の間には薄いクッションが乗せられた小さな木箱があった。恐らく先生が座っていた簡易的な椅子なのだろう。

 座席の空きがないノイルとマイナは、椅子の間にしゃがみ込むしかなかった。


 子供たちは皆、一様に黙り込んで暗く俯いている。狭い座席にぎゅうぎゅう詰めになりながらも、誰も声を上げたりはしていなかった。

 馬車の一番後方寄りにカリーナの姿があった。


「カリーナ!」

「ノイルちゃん……」


 ノイルはカリーナと話をしようとしたが、その前に先生が割り込んできた。


「お前たち、一体どうしてここにいるんだ?」

「フレイシアが助けてくれたから……」


 ノイルが怯えた様子で言ったが、さすがに省略しすぎていて何も伝わらないだろう。首を傾げる先生にマイナが補足した。


「守り神様に襲われているところを、通りがかりの魔術師の人が助けてくれたんです」

「何だって?」

「先生たちこそなんでここにいるんですか? それに、この子たちは一体……?」


 馬車の中にいる子供たちの中で、知り合いはカリーナと先生だけだった。他の子供たちは見知らぬ顔ばかり。年齢の統一性は無いようだが、女の子ばかりだ。


「追加の生け贄だ……」

「えっ」

「広がっている病を収めるため、北の守り神に追加の生け贄を出すことになった。みんなここへ来るまでの町で少しずつ出された子供たちだ」


 カリーナはノイルたちの孤児院から。そしてここまでの道のりで子供たちを拾ってきたのだろうか。カナリーネストの町中まで馬車が乗り入れてきたのは、この町でも子供を拾ったからかも知れない。


「生け贄が足りないせいだと言われて、そんな馬鹿なと思っていた。しかし、お前たちが逃げたと聞いて分からなくなったよ」

「逃げたなんて……。北の街へ行くなんて大嘘だったじゃないですか!」

「そんなのお前たちも分かってたことだろう……。俺だって好きでこんなことしてるんじゃないんだ」


 珍しく声を荒げたマイナの非難に、先生は木箱の上に座りこんで俯くと頭を抱えて黙り込んでしまった。


「生け贄を増やしても、それを食べる守り神様はいませんよ」

「何?」

「さっき言った魔術師、フレイシアさんが守り神様を倒しましたから」


 守り神は復活したと聞かされたばかりだったが、またフレイシアが倒すという言葉を二人で信じたところだ。


「大丈夫、きっとまたフレイシアさんが……」


 マイナが小さな声で呟いた。驚き固まっていた先生には聞き取れなかっただろう。


「そうだよ、大丈夫だよ! フレイシアはすっごく強いんだから!」


 マイナの言葉に勇気づけられるように、ノイルも力強く言った。その言葉に馬車の子供たちは顔を上げる。期待を持ったと言うよりは、困惑と混乱を感じる表情だった。

 声を上げるノイルの顔をカリーナも見ていた。


「大丈夫だよ!」


 ノイルは同じ言葉を繰り返し、カリーナに笑顔を向ける。友人であるカリーナに、その安心が伝わったのかノイルには分からなかった。それでも、フレイシアが必ず結果で示してくれるはずだ。

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