第51話 亡者の使用人
店員たちとの話を終えて本を買ったフレイシアたちはすぐに書店を出た。そのままデリックの店へと向かおうとしたところマイナが何かに気づいたようで、人混みの奥を指しながらフレイシアたちに言った。
「フレイシアさん、あそこ、デリックさんじゃないですか?」
マイナが示した先にあったのは青果店だ。景気の良い客寄せの声に集まる人々から少し離れた場所に佇んでいるのは、間違いなくデリックだった。
デリックは青果店の前に集まって品定めをする人々へ向けて、監視するかのような鋭い視線を送っていた。明らかに買い物の途中には見えず、昼の和やかな雰囲気とは相成れない佇まいだった。
「デリックさん」
フレイシアたちはデリックのところへ歩み寄って声をかけた。
「ああ、来てたのか」
「お店の方が留守だったので、先に買い物を済ませておこうかと……。あそこに何かあるんですか?」
話しかけられても視線を動かさなかったデリック。彼の見る先に目を向けても、繁盛している青果店があるだけだ。恐らくメルジェンシア家の調査途中なのだろうが、一見しただけでは関係ありそうな物は見当たらなかった。
「右の方にいる女を見てみろ。エプロンドレスのヤツだ」
探してみると、言われた特徴を持つ女性を見つけた。ロングスカートの黒いエプロンドレス。フリルの付いた白いキャップをすっぽりと被った上品な佇まい。手には蔓の編みカゴを持っている。今はリンゴを買おうとしているようで、商品を指さしながら店主と顔を合わせていた。
「あの方がどうかしましたか?」
「メルジェンシアの使用人だ」
「なるほど。確かに良いところのメイドさんっぽいですね。見たところ普通に買い物をしている途中にしか見えませんけど」
「ああ。だが、あいつ亡者だぞ」
「えっ!」
フレイシアは驚き、改めて使用人の女性を見た。
亡者とは、一般的に死霊術によって動く死体のことを指す。見るからに腐敗した肉塊が動いているお粗末な出来から、一見すると生きた人間と変わらない出来まであるとされている。多くは魂の抜け殻だが、極めて高度の死霊術を用いれば死体の腐敗を制御した上で魂を死体に縛り付けることで、模擬的な不老不死を実現することも可能だとされている。それらは死霊術の書物で「理論上では」と前置きされた仮定の話も多く、ほとんどは話半分に聞くべき内容だった。
店主と取引する使用人の横顔を見ても、表情にもおかしな様子は感じられない。何となく顔色が悪く見えるが、単に体調が悪いだけととることも出来る。どう見ても生きた人間にしか見えなかった。
フレイシアも亡者を見たことはある。だが、まさに歩く死体という言葉がピッタリな風貌で、一見して判別は容易だった。
「ホントですか?」
「魂や意思の有無までは外見では分からんが……。少なくとも肉体や立ち振る舞いだけはほぼ完璧だ。死霊術としては超一流だな」
デリックは手に持った死霊術探知機に目を落として言った。
「ここ何日か、あの家を出入りする人間を見張ってきたと言ったろ。あいつの様子を何度も確認したから断言するが、亡者であることに間違いはないな」
フレイシアの知らぬ間に調査はかなり核心に迫っていたようだ。そこまで高度の亡者を作れて、しかも怪しい点がてんこ盛りのメルジェンシア絡みともなれば犯人を絞り込めたも同然だろう。
調査の続きも知りたいが、フレイシアの方も今は急ぎで聞きたいことがあった。
「デリックさん。さっき知ったばかりなんですけど、生け贄を増やす動きがあるって本当ですか?」
「あんたらも聞いたか。ああ、本当だ。既にいくつかの孤児院に声がかかっていたらしくてな、今日明日に動いてもおかしくない。守り神はいないが、湖に子供を放り出すくらいのことはするかもしれんからな」
「もうそんなところまで……」
「一刻を争うのはみんな同じだからな」
デリックがそこまで言った時、使用人は買い物を終えたようで青果店を離れて歩き始めた。それを確認した後、デリックはフレイシアの顔を見て宣言した。
「だから、今日。今から仕掛ける。あんたらは店で待ってろ」
「えっ、いや、それなら私も――」
「ダメに決まってんだろ。また巻き込まれるぞ」
デリックはフレイシアの申し出を即座に却下し、ノイルの方を顎でしゃくった。
「は、はい」
「店の鍵だ。これで入ってろ」
投げ捨てるように渡された鍵をフレイシアが受け取るうちに、デリックは人混みの中へと消えてしまった。後に残されたフレイシアたちは呆気にとられ、三人で顔を見合わせるしかなかった。
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