第52話 やっぱり死体じゃねえか
デリックは前を見据えたまま人混みを歩く。前方にはメルジェンシアの使用人がいた。通行人を避けながらしっかりと歩く姿は生きた人間そのもので、それが亡者などと想像もつかない。しかし、手元の死霊術探知機は確かに真実を伝えてくる。
使用人は買い物を終えたらしく、青果店の後は他の店に立ち寄らずに市場を抜けて、どんどん街の外れへと進んでいた。このまま屋敷に帰るかも知れない。
デリックはメルジェンシア家の監視を続けるうちに、屋敷を出入りしているのが亡者の使用人一人だけだということに気づいた。使用人が買って帰るのは一般的な食料品に衣料品、燃料等の消耗品が主だった。いずれも生者に必要な品物だ。そして亡者を使わなければ手に入らないような物ではない。真っ当な名家に、生きた使用人がいないなど考えられるだろうか。
「なあ、ちょっといいか」
いつの間にか、すっかり街の外れまで来ていた。辺りに人の見られない通りで、デリックは前を行く使用人に話しかける。
亡者とは思えない自然な動作で、使用人はゆっくりと振り返った。
「私に御用でしょうか」
「ああ」
「……貴方、何日か前に屋敷を訪ねてきませんでしたか?」
「覚えていてくれたか。嬉しいね」
使用人は僅かに眉を動かし、目を細めたように見えた。明らかな苛立ちを感じさせるものだ。
「こうして顔を合わせて話すのは初めてだが、驚いたよ。死体が普通に市場で買い物してるんだからな」
「どういう意味でしょうか」
「そのまんまだよ。メルジェンシア家ってのは死体も働かせなきゃならんほど使用人に困ってるのか?」
デリックが挑発的な言葉を重ねるにつれて、使用人の顔はより険しく、視線はより冷たくなってゆく。
「先程から何を仰っているのでしょう。私は――」
言葉が終わるのを待たず、デリックは懐から大ぶりのナイフを取り出した。そして素早い動作で革の鞘から刃を抜き出すと、使用人めがけて投擲した。
単なる投げナイフではない。風の精霊術を仕込んだ魔術道具だ。絶妙な空気の制御が軌道を調節し、通常の投擲では為し得ない精度と威力を伴って襲いかかる。常人ならば絶対に避けられない一撃だ。
使用人は人間業とは思えない反応速度で右手を動かし、顔面を守った。しかし、暴風を纏ったナイフは顔を守る手を容易に切り飛ばして額に直接突き刺さる。重く冷たい刃が額から生えている奇妙な光景。それでも使用人は倒れなかった。
「ほらな、やっぱり死体じゃねえか」
一拍遅れて、切り飛ばされた右手が地に落ちる湿った音がした。
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