第50話 どうしてそうなる?
三人まとまって買い物を進め、最後に書店を訪れた。
前回はここでノイルが不審な少女と遭遇したのだ。そう思うと、フレイシアはなんとなく身構えてしまう。
入店して児童書の棚へ向かう。今日は皆で買い物するので、ノイルが本を選んでいる間もマイナも一緒だ。後で恋愛小説の棚へ行くだろう。フレイシアは特に買いたい本もないので本を選ぶノイルを後ろから見ていた。
ノイルはウサギの絵が描かれた本と子犬が描かれた本を手に取って迷っている。その様子を微笑ましく眺めていると、後ろから店員の声が聞こえてきた。
「聞いたか、例の病気のこと」
「ああ。生け贄を増やすってやつだろ」
ひそひそと声を潜めて話す書店員の男と馴染みらしき客の男。そこから飛び出してきたあまりにも予想外の言葉にフレイシアは思わず振り向いた。
生け贄を増やすとは?
「グルベッドの町長さんの娘がここに来た時に罹ったらしくてな。それですぐに決まったそうだぞ」
「やっぱり自分の子が大事か……」
「そりゃあ、誰でもそうだろうよ。しかし、よりにもよって町長さんのところがねえ」
守り神がいなくなったことを町の人たちは知らないだろう。生け贄の仕組みをやめさせるためにはいずれ考えなくてはいけないことだとフレイシアも思っていた。しかし、今回の病騒ぎで生け贄を増やそうという動きになることが分からなかった。
ノイルたちが本を選んでいる間に、フレイシアは会話を続ける二人に近寄った。聞かずにはいられない話だ。
「すみません。ちょっといいですか?」
「何かお探しで?」
商品の本を探していると思われたのだろう。会話を中断して店員の男が聞き返してきたが、フレイシアはすぐに訂正した。
「いいえ。今の話を詳しく聞きたいんです。その、生け贄を増やすって話なんですけど」
店員と客の男は互いに顔を見合わせた後、話してくれた。
「いま若い娘ばっかりが病気になってるだろ? それを収めるために生け贄を増やそうって話だよ」
「それはどうして? 生け贄って、北の守り神に捧げられるって聞いてたんですけど」
「俺たちも最近知ったんだがな、何でも大昔に同じようなことがあったらしいんだよ。そんときはまだ生け贄は無かったらしいぞ」
「今と同じような病気が町中に広がってな。でも生け贄を出すようにしたら一気に収まったんだと」
「生け贄は無かった……?」
その話が本当なら、守り神はそれまでどうやって活動していたのだろうか。そう思いかけたところで、フレイシアは自分の推測がより信憑性を帯びたことに気づいた。
守り神に少女の生け贄など必要なかったのではないかという考え。病を引き起こして命を吸い取っている死霊術師は守り神と関連があり、守り神を動かすのとは全く違う用途のために少女の生け贄を欲しているという推測だ。
フレイシアが考えを反芻する間にも、男たちは話を続けた。周囲を気にするように見渡した後、声量を落として言う。人目を気にするような噂話こそ、誰かに話したくなるものなのだろう。
「そんでな、生け贄が足りないからまた病が流行りだしたんじゃないかってことで、それを増やそうって話があちこちで出てたんだ。簡単に増やすわけにもいかないだろうから話だけで動きはなかったんだが、グルベッドの町長さんの娘さんが病になっちまって、すぐに決まったんだ」
「増やすったって、急にそんなのどうやって」
「孤児院から出す量を増やすって噂だぞ。反対する親がいないからな……」
「そんなの……」
酷すぎる。そして確実になったことが一つある。もはや敵の死霊術師を野放しにいている余裕が全くないということだ。このままでは何の意味もない生け贄が町の人たちによって選ばれてしまう。それを食う守り神は既にいないが、湖に沈めることくらいはするかもしれない。
フレイシアが内心の焦りを感じていると、後ろにノイルとマイナが立っていた。ノイルとマイナはそれぞれ一冊の本を手に持っていた。いつの間にか本を選び終えていたようだ。
「フレイシア、これ買う!」
無邪気に本を差し出してくるノイルの隣で、マイナは心配そうな顔をしていた。マイナには話が聞こえていたのかも知れない。
「うん。それ買ったら、デリックさんを探そう。すぐに話を聞かなきゃ」
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