第48話 美しい生き方
鏡台の前に少女が腰掛けている。少女は鏡に顔を近づけると、自身の顔を丹念に確認した。一点の曇りも無い白雪のような頬の上に、桜のように仄かな暖かみが乗っている。生きている肌、生きている血が通っている証だ。
少女はしばらくの間、うっとりと自身の顔を眺めていた。右から、左から、清水のように流れる金髪をかき上げて額の隅まで、光の角度を調整して余すことなく全てを見つめた。磨き抜かれた美しさを少しも逃すことなく、まるで鑑賞するかのように味わう。
「ふぅ……」
顔面の美貌と愛らしさ全ての確認を終えると、少女は小さくため息をついて背もたれに身を預けた。
化粧などしない。必要が無いからだ。まやかしの化けの皮を必死に塗りたくって老いから目を背け続ける凡人を見ていると、少女はいつも笑いをこらえるのに苦労する。
少女は椅子から立ち上がろうと、鏡台に立て掛けてあった杖を手に取る。そして表情を曇らせた。
杖は良くない。これは不健康の証だ。不健康は美しくない。そして美しくあることは人生の意味であり、使命だ。これでは使命を果たせない。
ここしばらく良質な食事ができていない。杖の理由はそれだ。今は代替手段で保たせているが、効率が違いすぎた。早急になんとかしなければならない。
少女は杖を手に立ち上がると、側に控える使用人の女性に近寄って、その手をとった。
「肌が荒れているわ。それに髪も艶がない。美しくないわね」
亡者は不老の存在だ。しかし、死霊術の力で死体を歩かせているだけであり、本質的には生きているとは言えない。術の制御が甘かったり、供給される力が少なくなったりすれば、当然滅び始める。この亡者の使用人の小さな肌荒れも、その兆候だった。
「あの魔術道具屋、貴女の正体に気づいているわね。忌々しいわ」
使用人は返事をしない。主人である少女の顔を見ることすらない。ただ人形のように立ち尽くしているだけだ。外出の用があるときには少女自身が遠隔で操作するが、それ以外の時はこんな調子だ。
必要がないから、意志は持たないように制御している。亡者は亡者らしく、歩く死体であればいい。自ら考え、意志を持つことは生者の特権だ。少女はそう考えている。
少女は使用人から離れ、部屋の窓際へと寄った。
屋敷の二階にあるこの部屋からは、広く緑に豊かな庭園を望むことができる。しばらく前はよく整った美しい庭園だったが、今は徐々に荒れはじめている。手入れが行き届いていないからだ。
こんな状態は、衰えない美しさを是とする少女のポリシーに反する。しかし、今の少女には屋敷を整えるための亡者を動かす余裕がない。
「あの魔術師が来てからね。湖の廃墟に住みついているようだし、鬱陶しくて仕方ないわ」
態勢を整えるのに時間がかかってしまったが、そろそろ動き出すことにする。魔術師の小娘程度、何の障害にもならないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます