第47話 守り神は何を食う
ケリーが地面をつついている。硬い嘴で草の合間を器用に掘り掘り、やがて小さなミミズを見つけたようだ。ケリーは嘴の先でミミズをつまみ上げると、パクリと一口で食べてしまった。ぱちぱち瞬きをした後、また地面をつつき始めた。
穏やかな午後、フレイシアは湖の畔に座ってケリーがおやつを探しては食べる様子をぼんやりと眺めていた。マイナは部屋で読書をしており、ケリーの一番の遊び相手であるノイルも部屋でのんびり昼寝中だ。
遊び相手がいない時のケリーは、今のように間食を探して過ごすか、寝て過ごしていることが多い。その様子を見ながらフレイシアはふと思った。
(どうして守り神は若い女の子を食べなきゃいけなかったんだろう……)
ケリーはフレイシアが死霊術によって生み出した存在である。少し寂しい呼び方になってしまうが『亡者』が適切だ。
そして、守り神と崇められていた屍の巨人もまた、亡者に類するものと思われる。
あらゆる怪我をものともせず、疲れも知らない亡者という存在。かつての不死戦争においては、文字通り不死の戦力としてその力を遺憾なく発揮した。この点はケリーも同じである。そして、その能力を発揮するためにケリーがしていることと言えば、日々の食事くらいである。変身能力を使うためにフレイシアの生き血を少量摂取する場面はあるが、それも舐める程度の量だ。
亡者の動力源として使える生命力は、人間からしか得られないということは決してない。人間でも牛でも豚でも虫でも果実でも葉でも問題ない。もちろん男でも女でも老人でも子供でもよい。効率の差はあるが、補給の手段はかなり多いのだ。
ありふれた物資から力を発揮出来るのは亡者の強みだ。動力源を人間の命、しかも若い娘に限定するような術は、むしろ弱いとすら思われる。
死霊都市が生み出した魔術兵器が、そんな弱点を抱えているなんて考えられるだろうか。
(若い娘からしか採れない何かが必須だったとか……?)
何らかの特殊な事情があれば話は別であるが、フレイシアが実際に戦った限りでは分からなかった。もちろん守り神の機能全てを解き明かしたわけではないが、単に強力な亡者といった印象である。
(燃費は悪そうだったし、それなりに大食らいだったんだろうけど、それなら若い女の子に絞ってる理由が尚更分からない。なんでも食べられたほうが絶対強いのに……)
若い娘というのは特に生命力に満ちているので、燃料としては優秀だろう。しかし、魔術兵器として運用するならばデメリットが多い。いくらなんでも戦場での安定的な調達が難しすぎないだろうか。
「わっかんないなあ」
考えに詰まったフレイシアは草地に仰向けに寝そべった。高い空を、ゆっくりと雲が流れてゆく。
「そういえば、街でノイルと同じ目に遭ってるのもみんな若い女の子って言ってたっけ……」
偶然には思えなかった。
守り神も、街で流行っているという病も、どちらも高度な死霊術の仕業だ。そして、どちらも狙われるのは若い女の子。
守り神は今も湖の底で眠っている。活動は完全に停止しており、生命力を消費するような状態ではない。
仮に二つの死霊術が同じ術者によるものだったとして、守り神が動いていないのに燃料となる少女の命を欲しがる理由はなんだろうか。
「そもそも、燃料ではない……?」
なんとなく呟いてみたアイデア。しかし、言葉にしてみるとそれは的を射ているように思えた。亡者の動力源という用途に考えが縛られているから辻褄が合わないのではないだろうか。
よくよく考えてみれば、守り神が少女を食べないといけないという情報も信頼できるか怪しい。単に守り神が少女を狙って食べに来るという経験からホーンランドの人々が決めつけてしまっただけなのではないだろうか。守り神が通常活動することとは別の理由で、少女を食べる理由があったとしたらどうだろうか。
「若い女の子からしか得られない」
死霊術を本気で志す者は、倫理に反してでも叶えたい何らかの望みを持つ者が多い。例えば、老いずに生き続けたい。
――そこを境にメルジェンシア家の子供は常に娘が一人だけ生まれ、その子が家督を継ぐということを繰り返している。
デリックが教えてくれた情報が、同時に見せられた家系図と共に脳裏に浮かび上がる。
「ずっと娘一人だけが継いでいる家……」
コリンダ・グラスフィン 帝国北部軍陸戦魔術兵器開発室 特務研究員 消息不明
帝国で戦後に犯罪者とされた死霊術師の名簿にポツリとあった一つの名前。
「消息不明……。二千年前に帝国から来た、コリンダという養女……」
仮定に仮定を重ねた話だ。何の根拠もないが、この発想はフレイシアの中で妙な信憑性を持って感じられた。同時に言い知れない怖気が湧き上がってきて、フレイシアは身を起こした。この気づきは本物か。
この仮定が正解だとしたら――
「じゃあ、この国の女の子たちが二千年も命を捧げていた相手って……」
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