第45話 占術師

 夜。デリックは今日の営業を終えて店を閉めた。今日も客入りはほとんど無く、デリックは多くの時間をカウンターに座って過ごした。

 寂しい店ではあるが、実は金の入りはさほど悪くない。デリックは本日第二の営業に向かうべく、荷物をまとめて店を出た。


 静けさが支配する夜の通りを抜け、入り組んだ路地へと進む。風通しの悪い、埃とゴミに汚れた裏通りだ。手製の魔術ランプを頼りに歩みを進めると、痩せこけたネズミが灯りを逃れて暗がりへと駆けていった。


 何度か角を折れて、ようやく目的の場所に辿り着く。石壁に取り付けられた木の扉をノックすると、中からしわがれた声が促した。


「入んな」

「おう」


 デリックが扉を開く。汚れ淀んだ裏通りから一変、そこは上質に整えられた店舗だ。

 光量を落とした暖色の灯りが照らす落ち着いた空間。丁寧に磨かれたマホガニーのカウンターが艶やかに光っている。

 その奥に腰掛けているのは白髪の老婆だ。金縁の眼鏡をかけて黒い外套を着ている。薄暗い店内では半身が闇に溶け込んでしまいそうな風貌だ。


「調子はどうだ、リージョア」

「変わらんさ」


 二人は顔を合わせることなく雑な挨拶を済ませた。


「換えを持ってきた」

「ああ、いつものように頼むよ」


 デリックは慣れた手つきで店内に置かれた照明を次々に取り替えてゆく。寿命が近い魔術ランプだ。


「それから、占術用の黒鏡だ。十枚でよかったな」

「ああ、やはりお前の鏡が一番曇り無い」


 デリックが持ってきた商品は全面が黒く塗られた凹面鏡だ。魔術によって余計な光の反射を抑えるように調整してある。

 商品を受け取った老婆は代金の入った袋をデリックに手渡した。かなりの額だ。


 リージョアと呼ばれたこの老婆は魔術師である。専門は占術。物事の吉凶を占い、迷える人間に助言を授ける魔術だ。それを商売道具とする老婆は、つまるところ占術師と呼ぶことも出来るだろう。

 占術は確実な未来を見通す便利な技ではない。しかし、希望を残しつつも万事の指針に助言を与えるこの仕事は多くの金持ちに需要があった。そして、こういった占術師相手に商売道具を売る仕事が、デリックの収益において大きな柱となっている。


「あと、また面白いもんが入った」


 デリックが袋から取り出した物をカウンターに並べると、リージョアは怪訝な表情を浮かべてデリックに問う。


「なんじゃあ、こいつは」

「知らん。北の魔物の肉だ」


 置かれていたのは気色の悪い肉塊や牙。フレイシアが狩ったワームの残骸だった。


「腐りそうな肉はいらん。こっちの牙だけ買い取ってやろう。いかにも金持ちが好きそうな物だ。開運の印として、高値で売れるやもしれん」


 リージョアは取引を終えると、買ったばかりの黒鏡を手に持ち、その中心を眺め始めた。


「ふむ……」

「なんだ」

「柄にもなく厄介ごとに首を突っ込んでいるようじゃないか。熱を感じるよ。復讐に燃え盛っていたいつかを思い出すねえ」


 そう言って、リージョアはクックッと小さく引きつった笑い声を上げた。


「占ってくれなんて頼んじゃいねえぞ」

「安心しな。代金はとらんよ」

「で、結果はどうなんだ?」

「どう転んでも凶兆しか見えぬ。苦労するぞ」

「んなこた分かってる。どうせなら黒幕の正体でも明かしてくれねえかな」

「そんな具体的なこと占術で分かるわけなかろう。己の運命を隠そうとしている相手のことは特にな」

「クソの役にも立たん術だな」

「ああ。そうさね」


 リージョアは占術を止めて黒鏡を置くと、ようやくデリックの顔を見て話し始めた。


「凶兆と言えば、最近この街で妙な病が広まっているようだな」

「病じゃない。何者かの死霊術だ」

「ほう……?」


 リージョアは顎を擦りながら言った。


「そこまで言い切るとは、お前が首を突っ込んでいることと無関係ではないということか」

「大いに関係ある。俺はその術師をぶっ倒したい」

「敵の正体に見当はついているのか?」

「まあな……」

「何故倒しに行かない?」

「証拠探しをしているところだ」


 デリックの答えを聞いたリージョアは、何が楽しいのか笑みを浮かべながら言う。


「証拠探しとは、丸くなったものだな。娘の仇と町長の家に殴り込んだあの頃とは別人のようだ」


 そこまで言った後、リージョアは笑みを消して続ける。


「証拠なんてもぎ取りに行けばいいさ。先に手を出してきたのは向こうさんなんだろう?」

「……誘導されてるみたいで気に食わねえな」


 リージョアは再び愉快そうな笑みを浮かべて言った。


「それが占術師の仕事だよ。皆、相談に来る前から腹のうちは決まってんだ。占いは最後のひと押しをしてやってるだけさ」

「相談に来たわけじゃねえ」

「そういうことにしといてやるさ」


 リージョアは手元で黒鏡をひらひらさせながら、クックッと笑った。

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