第44話 お風呂
買い物を済ませた日の夜、フレイシアたちは導入したばかりの湯沸かし器を使うことにした。
風呂場は塔の一階にあり、洗い場は平らに整った石が敷かれ、浴槽も大きな石造りだった。三人一緒に入っても大きな余裕があるほどだ。元々この塔は警備隊の駐屯場所として建てられた砦の一部だ。大勢の兵士に提供するための洗い場だったのだろう。もしかしたら、崩れてしまった箇所にはもっと大きな浴場もあったのかもしれない。
本来は湖に注ぐ川との間を何往復もして水を貯める必要があるのだろうが、その辺りはフレイシアの魔術で何とかなる。湯沸かしも同じで、風呂に入る際は魔術で用意した水をフレイシアがこれまた魔術で加熱していたのだ。
ノイルが欲しがった湯沸かし器は、水に放り込んでおくだけで水を適温まで温めてくれる。人力の魔術だと保温が地味に厄介な作業だったので、誰でも使えるし自動的に保温してくれるところはフレイシアにとっても嬉しいところだ。
「湯加減はどう?」
「ちょうどいいよ!」
脱衣所からフレイシアが呼びかけると、先に入っていたノイルから元気な声が返ってきた。フレイシアが調整せずとも準備を整えておいてくれたようだ。
ばしゃばしゃという水音とノイルのはしゃぐ声、マイナの少し困った声が反響しながら浴室から響いてくる。
遅れてフレイシアもケリーを伴って浴室へ入った。デリックの魔術ランプはここでも活躍している。ゆっくり入りたい時には光量を落として窓から外の星空を眺めながらの入浴を楽しむこともあるが、今は明るくしてある。
浴槽には先に入った二人が肩まで湯に浸かっている。その傍でプカプカ浮いている赤い球体が湯沸かし器だ。早速役に立っていて何よりだ。
フレイシアが身体を洗っていると、浴槽から出てきたノイルがケリーを捕まえてお湯を頭からかけていた。
「ケリーも洗ったげるっ!」
「コッコッ」
洗い場で石けん泡に覆われてノイルにワシャワシャとされているケリーを見ながら、身体を流し終えたフレイシアも浴槽に浸かった。適度に調整された湯が肌にじんわり馴染んで心地よい。フレイシアの魔術よりもムラなく優秀な湯沸かしだった。
「はぁー……疲れがほぐれてゆく」
「今日何か疲れることしましたっけ?」
「いや、気疲れかな」
マイナの疑問に答えつつ、フレイシアはデリックから聞いた話を思い出していた。ノイルに起きた異変が広がりつつあるということ。問題の範囲が急激に広がってしまって焦りが出ていることを自覚していた。
「やっぱりノイルが襲われたことですか?」
「まあ、そんな感じ。今日はデリックさんから調査結果を聞いたんだけどさ、あんま良いことになってないみたいでね」
「この前デリックさんも言っていましたけど、あまり抱え込まないでくださいね。わたしに出来ることはそんなに無いかも知れないですけど、今みたいに話し相手くらいにならなれるので」
「ありがと、そう言ってもらえるだけでかなり楽だよ」
「ノイルも遊び相手くらいにならなれるよ!」
そう言いながらノイルが勢いよく浴槽に飛び込んできて、大きな水飛沫を上げた。ケリーまで一緒に飛び込んできて、抜け落ちた黒い羽根が湯船に浮かんだ。
「ノイルったら、まだ泡まみれじゃない」
「あれ? ケリー洗ったからかなあ」
マイナが指摘したとおり、ノイルの頭の上には大きな泡の塊が乗っていた。ケリーがかなり暴れたのだろうか、ノイルの髪からは飾りのように黒い羽根が突き出ていた。
「マイナー、もっかい流してー」
「もう、しょうがないな……」
浴槽を出て頭を洗い直す二人を見ながら、フレイシアは二人の存在が大きな心の支えになっていることを改めて実感するのだった。
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