第38話 容疑者浮上(1)

 デリックから用件を伝えられたフレイシアは即座に話を聞こうとしたが、デリックどころかマイナとノイルにも止められてしまった。とにかくまずは休むべきだという意見の一致だ。

 ヨロヨロと頼りない足取りで我が家に戻ったフレイシアは、清潔な風呂で傷を洗ってから、マイナが持ってきてくれた服に着替え、そのまま鉛のように重い身体をベッドに横たえた。すぐに話を聞きたいと意気込んでいたのに、怒濤のように押し寄せる疲れに対して身体は驚くほど正直だった。


 フレイシアが目を覚ました時、寝室にはオレンジ色の光が差し込んでいた。夕方までぐっすり眠ってしまったらしい。


「あ、目が覚めましたか」


 身を起こすと、すぐ傍にマイナの顔があった。


「ちょうど様子を見に来たところでした。身体はどうですか?」

「もう大丈夫。ごめん、こんな時間まで」

「いえ。とりあえず空いていた部屋を簡単に片付けて客間にしました。もうこんな時間ですし、デリックさんには泊まってもらった方がいいかと思って。いいですよね?」


 しっかり者のマイナには頭が上がらない。マイナに任せておけばしっかり家を守ってくれるだろう。


「もちろん。デリックさんは今いる? すぐに話を聞きたいんだけど」

「はい。下の階でお待ちですよ」


          *


 フレイシアは臨時の客間へ足を踏み入れた。

 宿泊に使うということで、急ごしらえのベッドが備えられていた。フレイシアたちが使っている物と同じようだ。大急ぎで片付けたにしては整っている。

 さらに大きめの卓が一つと椅子が四つ。椅子は全員で話すため、多めに持ち込んだのだろう。しっかり準備が出来ていた。


「お待たせしました」

「ああ。待たせてもらったよ」


 椅子にかけて待っていたデリック。隣には膝にケリーを乗せたノイルが座っていた。さすが死霊術の恩恵か、ケリーはすっかり元気な様子だ。


「早速話を聞かせて頂けますか?」

「おう」


 マイナが出したお茶を一口すすったデリックが話し始めた。


「こないだ言われた線から調べた。カナリーネスト周辺に住んでいて、金持ちの令嬢がいる家って条件でな。順に調べていったんだが、一カ所怪しいところがあった。街の西の端に古い屋敷があってな、そこにはメルジェンシアという一家が住んでいる。ホーンランドが帝国領になる前から続く由緒正しき貴族の家ってことだったんだがな……こいつを見てみろ。民俗資料館から持ってきた記録だが、これによれば――」


 デリックが取り出したのは一冊の本だ。紙の端が擦り切れて、色も変色している。かなり古い物と見受けられた。


「え、ちょっと待って。ホーンランドって帝国領だったんですか?」


 デリックが開きかけた本から顔を上げ、呆れた様子を隠しもせずにしかめ面でフレイシアを見た。


「あんた帝国人だろ。歴史の授業はどうした」

「睡眠時間の足しですかね……」


 思わず話の腰を折ってしまったフレイシアだったが、デリックは大きな溜息に続いて説明を始めた。


「ホーンランドは帝国に占領されていたんだ。不死戦争の終わりまではな。死霊都市がやらかしたごたごたの戦後処理に帝国が手一杯になっていた頃に返還された。遠方の植民地の統治まで手が回らなくなったんだな。今のホーンランド各地で長をやってるのは、占領期に帝国から派遣されてきた総督が役人として任命した、当時の現地貴族の子孫がほとんどだ」 

「そうだったんですね。不勉強ですみません」

「まあ、帝国の数ある植民地のひとつでしかないし、知らないヤツは多いだろうな。しっかり授業を聞いてても出てこなかったかもしれんさ」


 そこまで簡単に説明した後、デリックは再び手元の本を指でトンと叩いた。


「ただ、メルジェンシア家に関しては違った。当時メルジェンシア家が治めていた領地は総督自らが治めることになったようだ。どうも、当時の帝国はホーンランド北部地域も調査しようとしていたらしい。メルジェンシア家の領地はあの湖までだったからな、これでお役御免というわけだ」


 帝国ならそうするだろうとフレイシアは思った。しかし、現状で北部地域が未だに脅威のままということは、支配するまでに至らなかったのだろう。続くデリックの説明もそれを肯定した。


「今の状況を見れば分かるだろうが、帝国も北部地域の調査は困難を極めたようだ。それ以前に、南下してくる魔物から領地を防衛することにすら手を焼いていた。この時点ではまだ守り神はいなかったようだな。帝国が来たことで魔物の脅威は減り、周辺住民は占領を喜んでいたという記録まである。当時の帝国はきちんと仕事をしていたようだな。ただ、それも永遠には続かない」

「不死戦争が終わった」


 フレイシアが呟くと、デリックは小さく頷いてから続けた。


「そうだ。死霊都市が戦時中に行ってきた非道の数々が明るみに出るにつれて、帝国はこんな海の果ての島に気を配っている場合じゃなくなった。なんせ本国の領土が亡者まみれの地獄に変わっちまったんだからな」


 その辺りの事情はさすがにフレイシアでも知っているとおりだ。帝国の北、死霊都市が支配していた地域は人を寄せ付けない地上の地獄と化している。


「そうして帝国がホーンランドから手を引いた後、この辺りの統治を引き継いだのはメルジェンシア家だ。そこからおかしなことになってる。帝国が撤退したにもかかわらず、何故か北からの魔物被害はパッタリと途絶えているんだよ」

「……守り神?」


 駐留していた帝国軍ですら手を焼いたというホーンランド北部の魔物を止められる存在。そして不死戦争の終わりというタイミングで途絶えた魔物被害。結びつけて考えてしまうのは自然だろう。


「確実な証拠はないが、俺はそう思った。それでメルジェンシア家が何か隠してるんじゃないかと考えてな。この家に絞って深掘りすることにしたんだ」

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