第39話 容疑者浮上(2)

 デリックは懐からさらに別の資料を取り出した。どうやらメルジェンシア家の家系図らしい。それを卓上に開いて指さしながら説明を続ける。


「メルジェンシア家は昔から続く由緒正しい家系と言ったが、どうも怪しくなっているのがこの時期からだ。領地がメルジェンシア家に返される少し前に、この家は帝国から娘を一人養子として迎えている」

「帝国から?」

「ああ、コリンダという娘らしい。これだけならまあ、無い話ではない。ホーンランド返還後も帝国と繋がりを持ちたがった家は他にもあったからな。問題はその後だ。見ろ」


 デリックが家系図に視線を落とし、指で示したのは件のコリンダの名が書かれた場所だ。


「他の子供たちが亡くなっている?」


 家系図にはコリンダの兄や姉に当たる人命が書き連ねられていたが、極めて近い年に没した記録が残されていた。


「そうだ。四人いた息子と二人いた娘が僅か三年のうちに全員死亡。結果、養子のコリンダが家督を継いでいる」


 二千年も前の話だ。当然そのコリンダの名にもバツ印が打たれた上で何事もなかったかのように家系図は続いているが、確かにその一点を境に本来のメルジェンシアの血は途絶えているのだ。

 デリックはそのまま家系図の上で指を滑らせながら説明を続ける。


「そこを境にメルジェンシア家の子供は常に娘が一人だけ生まれ、その子が家督を継ぐということを繰り返している。俺は帝国から来たコリンダが脈々と何らかの術を代々娘に受け継がせているんじゃないかと考えてる」


 そうして各世代の家長である女性の名前を指してゆき、ついに二千年の時を超えて現在を指し示した。


「そして、今はエリンという若い一人娘が家長になってる。エリンの両親は既に亡くなっているから、今のメルジェンシア家はエリンただ一人だ。本人から話を聞いてみようと思ったんだが、門前払いでな。扉越しに使用人に追っ払われただけだ」

「まあ、いきなり訪ねていってもそうなるでしょうね」


 一体どんな用件で訪ねたのか分からないが、正面から突っ込んでいく度胸もすごいとフレイシアは思った。


「そのエリンさんがノイルに術をかけたんでしょうか」

「そこまでは分からんが、話を聞く価値はあるだろう」


 ここまでの話ではエリンの容姿までは分からないが、それはノイルと一度でも顔を合わせれば分かることだ。しかし、推測が当たっていた場合はノイルを再び敵前に差し出すことを意味する。


「この家は絶対に怪しい。いや、こいつが怪しすぎる」


 デリックは家系図に書かれたコリンダの名を人差し指でトントンと叩いた。バツ印で打ち消されたこの名前の背後に一体何が居るのか。メルジェンシア家を隠れ蓑に、二千年もの長きに渡って歴史の影に隠れていた底知れぬ存在。フレイシアたちは今それを掘り起こそうとしているのだ。


          *


 今後はメルジェンシア家を重点的に調査するという方針を互いに確認した後、その日は休むことになった。デリックは客間に泊まって、明日の朝になったら帰るそうだ。早々に調査を再開したいらしい。

 すっかり日は落ちて、マイナとノイルはベッドでケリーと共に眠っている。デリックの話はノイルには難しすぎたようだが、マイナにはその恐ろしさが理解できたようだった。

 デリックの推測が当たっているならば、今のメルジェンシアはホーンランドに昔から続く由緒正しい家などではなく、帝国からやってきた正体不明の人物に乗っ取られて隠れ蓑にされた哀れな抜け殻だ。


「二千年前に帝国から来たコリンダか……」


 そういえば、とフレイシアは思い出す。不死戦争の後といえば、処分を恐れて帝国から逃れた死霊術師が多く居た時代だ。コリンダが養子に貰われたのもその頃。

 フレイシアは何となく、以前に買った本を取り出した。


『死霊都市について』


 魔術ランプの灯りの下、本の後半を開いた。帝国から犯罪者と目された死霊術師の名簿が載っているページだ。フレイシアは指で名簿をなぞってゆく。


「コリンダ、コリンダ、コリンダ……。あった」


 コリンダ・グラスフィン

 帝国北部軍陸戦魔術兵器開発室 特務研究員

 消息不明


「消息不明か」


 とはいえ、コリンダというのは帝国で特に珍しい名前というわけではない。二千年前の名前の流行は知らないが、まだ決めつけるのは早いだろう。いずれにしても、調査の続きが必要だ。

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