第33話 ヘルウォーム(1)
ケリーに乗って、湖の沖へ飛ぶ。
前回の襲来から久しぶりの魔物戦だ。グリリヴィルとの戦いで、北部地域からやってくる魔物の強さはよく知ることができた。もちろん、北の全ての魔物に共通するわけではないだろうが、目安にはなる。
「また前みたいなヤツが来るかも知れないからね。気合い入れていくよ」
「コッコッ!」
気合の入ったケリーの返事に頷き、フレイシアは先を急ぐ。
しばらく飛んでいると、眼下に魔物の影を発見した。大波のような水しぶきを上げながら、水上を猛進する大猪だった。巨大かつ鋭い牙が剣のようにそそり立っている。外目にも分厚いとわかる毛皮は、半端な攻撃などものともしないだろう。
興奮に満ちた視線は前だけを見据えている。何が前に立ちはだかろうとも、押して通る勢いだ。
「あれは……ロックボアかな? かなり大きめだし強そうだけど、帝国領にもいるやつだよね」
フレイシアの知るサイズよりも随分と大きくはあるが、珍しい魔物ではない。帝国領でも森林地帯や山岳地帯に多く生息している。現地の人々にとっては脅威であると同時に、食糧にもなる魔物だった。フレイシアも戦ったことがある。
戦い方も基本的には体当たり任せのはずだ。地上ならともかくここは水上で、しかも空から狙えるのだから余裕だろう。見た目の大きさからして帝国に生息するロックボアよりは強そうだが、大きな差は無さそうだ。
「またグリリヴィルみたいなヤツかと思ってたけど、これならすぐに済むかも。まあ、素材の価格は期待できないかもしれないけど――」
フレイシアは速攻で勝負を決めるべく、魔術の構えに入る。ケリーとともに降下しながら狙いを定めた。
「晩御飯の主役にはちょうどいいかもねっ!」
空気が凍てつき、鋭い氷柱が現出する。研ぎ澄まされた狙いの通り、射出された氷柱がロックボアの頭部に迫った。一撃で決まる勝負――に見えた。
「何?」
ロックボアの周囲で、湖面が急速に沸き立ち始めた。蒸気が吹き上がり、ボコボコと泡立つ。上空を行くフレイシアですら肌が焼けるような熱を感じるほどだ。水面下で、何か尋常でないことが起きている。
フレイシアの魔術は熱波に耐えられなかったようだ。高温で柔くなった氷柱はロックボアに命中したと同時に脆く崩れ去った。だが、そんなことはどうでもよかったかも知れない。ロックボアはグツグツと茹で上げられて既に虫の息だ。泳ぐ体力も無いらしく、頭だけを水面から出して辛うじて生きている状態だ。
熱湯の水面を割って、新たな魔物が現れた。鉄錆色のぬるりとした体表を持つ、超特大のミミズのような軟体。先端には隙間無く歯の揃った円形の口。目や耳などの感覚器は外見では判別できない。不気味な異形の魔物。ワームだ。
そのワームは円形の口を大きく広げると、良く煮えたロックボアの巨体を丸呑みしてしまった。尋常ではない大きさだ。水中に隠れている部分も含めて、以前戦ったグリリヴィルよりも長く太いだろう。それだけでも充分に恐ろしいのに、同じような身体が周辺の水面からニョキニョキと躍り出ること七本。恐らく水面下では繋がっているとみられる。全部の頭を含めて一匹の個体だろう。フレイシアは既に気が遠くなりそうだった。
「な、何こいつ」
ワームは全身から四方八方に炎を噴き出している。否、炎ではなく、可燃性の粘液のようなものを噴出しているようだ。しかも粘液は油のように水に浮くようで、周囲一帯の湖面はあっと言う間に大火事の状態になってしまった。もはや熱すぎて近づくことも出来そうになかった。
フレイシアの知らない魔物だった。ワームの一種であることは明らかだが、これほど異様な種類は初めてだ。見たところ魔術を使うわけではなさそうだが、そこらの炎魔術師よりもよほど凶悪な炎使いである。
炎のワームは元気に全身をくねらせて湖を燃やしながら南下を始めた。あんな恐ろしい化け物が上陸したらホーンランドは終わりだろう。
「もう! あんなデカい猪食べたんだから帰ってよ……!」
あのロックボアはこいつから逃げていたのかも知れない。
空気が揺らめく程の熱波に耐えながら、フレイシアは距離をとって追跡を開始した。打つ手を考えなければならない。
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