第32話 魔物は時間を弁えない

 ノイルが死霊術の攻撃から一命をとりとめて一週間が経った。フレイシアはなんとなく落ち着かない日々を過ごしていた。

 何者かに命を狙われている。そう自覚すると、日々全ての時間から安らぎが失せてしまったかのようだ。相手が正体不明となれば尚更である。こうなると、住処が僻地で良かったとフレイシアは改めて思った。街中では行き交う人々が皆敵に見えてしまいかねない。


 ちなみに実際に死にかけた当人はというと、まるで気にしていないようだった。

 ノイルは柔らかい草地に座って、買ったばかりの本を読んでいる。死霊術師に襲われたと思われる、あの書店で買ったものだ。念のため本に何らかの術が仕掛けられていないかはチェック済みである。

 ノイルは膝の上にケリーを乗せて本を読み進めながら、時折ケリーに話しかけたり感想を述べたりしていた。


「この鳥さんは人の言葉が喋れるんだよ。ケリーは話せない?」

「コッコッ?」

「無理かー」


 残念ながらケリーは言葉を話せない。それでも人間の言葉は大体分かる、頭の良い鳥である。ノイルにいつも話しかけてもらって嬉しいはずだ。

 こうして和やかな様子を見せられると、フレイシアもつられて少し落ち着くことができた。

 敵の調査は信頼出来るデリックが請け負ってくれているし、フレイシアには北からの魔物を討伐するという本分がある。無駄に考え悩むより、ノイルのように構えていたほうがきっと良いだろう。


 今日の予定は特にないが、明日にはカナリーネストへ買い出しがあるので、ついでにデリックから死霊術師の調査進捗を聞くつもりである。続きを考えるのはそれからでいいはずた。


「よしっ、ごちゃごちゃ考えるのは後だ!」

「どうしたんですか?」


 いつの間にか後ろにいたのはマイナだった。いつもの服の上に、新調したエプロンを着けている。いつも世話になってばかりだからと、今日の食事はマイナが用意してくれることになっていたのだ。


「いや、何でもない。そっちこそどうかした?」

「お昼ご飯が出来たので呼びに来ました」

「おおっ!」

「今日も天気がいいですし、外で食べましょうか」

「うーん。今回は屋上にしない? ちょっとそんな気分だから」

「屋上ですか、それもいいですね。では支度するので、ノイルも呼んできてください」

「おっけ!」


          *


 屋上に広げられた食卓に並んだパンと数種の肉と卵に、色とりどり野菜と果物。好きな具材をパンに挟んで食べようということだった。最高に見晴らしの良い場所での食事は、鬱屈しそうだった気分も晴らしてくれそうだ。ノイルとケリーも楽しそうなので、尚良し。

 フレイシアは肉を多めに挟みながら言う。


「竈の魔術道具はどう?」

「便利ですよ。火加減も細かく決められますし」

「そっか。買って良かったね」


 デリックのところで買った調理場向けの魔術道具だ。少々値が張る品だったが、お得意様価格で売ってくれたし、前回売った魔物の素材でまとまった大金もあったので悪くない買い物だ。


「今度は湯沸かし買おうよ。いつもフレイシアの魔術でお風呂沸かすの大変でしょ」

「そうだね。じゃあ明日行った時にでも――」


 ノイルの提案に返事をしつつ、完成した特製の肉サンドを頬張ろうとした時、フレイシアの腕で力強い光が発せられた。燃え盛るような赤が鮮烈に周囲を照らし出す。

 食卓に緊張が走る。


「まったく……もうちょっと時間を選んできて欲しいよね」


 フレイシアはパンを皿に置くと、椅子から立ち上がった。そして、魔物が近づきつつあるであろう湖へと視線を向ける。


「フレイシアさん……」


 心配そうにこちらを見るマイナに、フレイシアは余裕の笑みと共に返す。


「大丈夫。人間の死霊術師よりも、よっぽど楽な相手だよ」

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