第31話 見えない敵
死霊術の糸が途切れた後、ノイルは店の奥にある部屋のベッドで休ませている。元々はデリックの娘であるメリヤの部屋だったらしい。子供用の布団が片付けられずに残っていたことは、デリックがこれまで歩んできた人生の一部を表しているように見えた。
ベッドサイドには食後の皿とコップが重ねて置いてある。命を吸い出されなくなってからのノイルは今まで盗られた分を取り返すようにガッツリ食事をして、しっかり満腹になったようだ。満足そうな表情と健康的な顔色を見てフレイシアもマイナも一安心した。ケリーも気持ちは同じようで、今は元気を取り戻しつつあるノイルの膝に乗って甘えているところだ。
「何か覚えてないの?」
「よく分かんない」
ベッドで半身を起こしたノイルはケリーの背中を撫でながら言った。今はノイルに死霊術を仕掛けた相手を探っているところだ。
「本屋で倒れてからですよね」
マイナが言った。衰弱が目に見えて始まったのはその翌日からだが、明らかな異常があったのはそれが初めてだろう。あの時から徐々に命を吸われて、一晩で吸い尽くされそうだったのだとフレイシアは考えていた。
「本屋で誰かに何かされなかった?」
「何もされてないよ」
「あからさまに魔術をかけるような素振りは見せなかったかもしれんな」
横からデリックが指摘した。
「倒れる直前に会った相手は覚えていないか?」
「うーん……本を落としたお姉さんがいて、拾ってあげたよ。他の人には会ってない」
「それ、どんな人?」
「えっと、髪が長くって、歳はたぶんマイナと同じくらいかな? すごい綺麗な人だったよ。服も高そうだったし、すごいお家のお嬢様って感じの人。あっ、でも脚が悪かったのかな。杖ついてたよ」
なかなか特徴的な外見の人物らしい。この街に住んで長いデリックなら何か知っているかも知れない。
「デリックさん。そういう人に心当たりあります?」
「知らんな。俺も街の人間を皆把握しているわけではない」
「まあ、そうですよね」
「金持ちの令嬢が住んでいるような家は少ないが、特に脚が不自由だという話は聞いたことがないし、その時の服装だけで金持ちの家と決めつけるのもな」
さすがにヒントが曖昧すぎたようだ。フレイシアは書店でノイルを一人にしたことを後悔した。タイミング的にその人物が一番怪しいのに、顔を見ることが出来なかった。
「とはいえ、他に手がかりもないしな。しばらくその線で調べてみよう」
「よろしくお願いします」
「ああ。定期的に街には来るんだろ? 店に顔を出してくれたら、その時に進捗を報告する。緊急ならこっちから出向こう。それでいいか?」
「もちろんです。すみません危険なことに巻き込んでしまって」
元々デリックには何の関係もないことだ。相手は子供の命を奪う死霊術師。しかも中々の手練れと見える上に、こちらの追跡は一度察知されている。深追いは敵の反撃を招く恐れがあった。
「かまわんさ。むしろ手伝わせろ。こういう類いは許せねえからな。理由は分かるだろう?」
死霊術から生まれた守り神に娘を奪われたデリック。この一件にも思うところはあるのだろう。口調こそいつも通りだが、目には確かに怒りの色が見て取れた。
*
その後夕方までデリックの店で休ませてもらい、ある程度体力を取り戻したノイルを連れて帰路についた。ノイルは一人で歩けるまでに回復している。さすが子供の体力は素晴らしいと言ったところだろうか。
「あの、フレイシアさん」
「ん?」
ケリーとじゃれ合いながら前を歩くノイルに聞こえないように、マイナがこっそりと言った。
「今回のことって、生け贄のことと関係あるんでしょうか」
「分からない。でも、私もそれは気になってた」
手練れの死霊術師に、生け贄の候補であったノイルが狙われた。言ってしまえば関連はそれだけなのだが、同じ死霊術絡みとなると気になってしまう。
フレイシアがずっと懸念していたことの一つに、守り神を操っていた死霊術師の存在がある。
専門外とはいえ、フレイシア自身も死霊術を囓ってきた魔術師として基礎的な術を見抜く目はあると自負していた。しかし、今回ノイルが仕掛けられた術は一切看破することが出来なかった。人生をかけて死霊術を勉強してきたデリックの気づきがなければノイルは間違いなく殺されていただろう。
(今回ノイルを襲った奴は私よりも上手の死霊術師だ。そんな奴がいるなら、あの守り神を操っていたとしてもおかしくない。当然、あいつを復活させることもできるだろうし……)
事態は考えているよりも深刻かも知れない。敵は北の魔物だけではないようだ。
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