第30話 命を吸われている
フレイシアたちは店の奥に招かれ、デリックは大きな木のコップにリンゴジュースをなみなみと注いで持ってきてくれた。コップをノイルの口元まで近づけて飲ませてやる。
「一体どうしたんだこれは」
「わかりません。昨日の晩からこんなことになっていて」
フレイシアとデリックが会話している間に一杯目を飲み終わり、デリックがさらにジュースを注いでくれた。まるで何日も彷徨った砂漠で水を与えられたかのようだった。すがるようにコップに口をつけて飲み続けているのに、一向に満たされないようだ。
「なあ、これ本当に病気なのか?」
「どうなんでしょう。分からないので、それも含めてまずは医者かと思って」
苦しそうなノイルを見ながらデリックが言う。確かに、単なる病気のように思えないが、かといって他の何かと判断することも出来ない。まずは医者に診せるしかなかった。
「……待て、なんだこれは」
デリックが机の隅を見ながら言った。フレイシアたちがそちらへ目をやると、そこには方位磁針のような道具が置かれていた。以前デリックがフレイシアを尋ねてきた時に見た死霊術の探知機だった。それが今、高速で針を回転させていた。
「それ、死霊術の探知機ですよね」
「ああ」
「ケリーに反応しているのでは?」
ケリーは今、フレイシアの肩に乗って心配そうにノイルを見下ろしている。死霊術で作られたケリーならば反応してもおかしくない。
「いや、あんたが前に来た時も見たがこんな反応は……」
そこまで言うと、デリックは何か思いついたように立ち上がって部屋の脇にある棚から何か別の道具を出してきた。それは一見するとルーペのような品物だった。これも何らかの魔術道具だろうか。
デリックはそれをノイルにかざしながら、レンズ越しに身体の様子を見ているようだ。
「何をしているんですか?」
「これは霊体レンズだ。霊体の扱いは死霊術の十八番だからな。これだけ死霊術の反応があるなら、何か見えるかもしれん」
そうして霊体レンズがノイルの右手にさしかかったところで、デリックは手を止めた。昨晩にケリーが気にしていた場所だった。
「こいつを見ろ」
言われた通りにレンズを覗くと、ノイルの右手首の辺りから銀色の細い糸のようなものが出ていた。レンズ越しでないと見えない不思議な糸。恐らく死霊術によるものなのだろう。糸の生え際からはキラキラとした光が湧き出て、糸を通してどこかへと流れ出ているようだった。
「おそらく、命を吸い出されている」
「えっ?」
「この糸を通してどこかへ送られている。良くないな……」
それが本当なら、急速に弱ってゆく理由も、いくら食べても満たされない理由も分かる。誰かが死霊術でノイルの命をかすめ取っているからだ。
「一体どこへ? 誰がこんな――」
「これ切れないんですか?」
フレイシアの疑問を遮り、身を乗り出して問うたのはマイナだ。
「ノイルが死んじゃう!」
その通りだ。今はとにかくノイルを助ける方が先に違いない。
「わからん。俺の知らない技だ。死霊術であることには違いないだろうが」
「デリックさん、このレンズ貸して。私がこれを辿って術者を倒す」
フレイシアが提案した。止める方法が分からないなら術者を叩くしかない。この糸を辿った先に、これを仕掛けた死霊術師がいるはずだ。
デリックから霊体レンズを受け取ってフレイシアが立ち上がった時、空気の破裂するような鋭い音が室内に響いた。
「糸が切れてる」
改めてレンズを覗いたフレイシアは呟いた。切れた糸は溶けるように端から消えてゆき、もう辿ることは出来なさそうだった。しかし、ノイルの様子は落ち着いていた。血色が徐々に戻っている。消耗はあるのだろうが、苦しそうな様子は無さそうだ。
「勝手に切れたわけがないな」
デリックが言う。ノイルから命を吸い上げていた何者かは、フレイシアが追跡してくることを知って急いで糸を切った。間違いないだろう。姿の見えない死霊術師は、今もどこかに潜んでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます