第34話 ヘルウォーム(2)
火を使う相手には水でいけるだろうかと、フレイシアは考える。
相手は炎を纏った魔物ではあるが、水の中を自由自在に泳ぎ回ることも出来る。水上をも容易く火の海にしてしまう相手に通用するかは怪しいところだ。フレイシアは水攻撃を頭の中で却下した。
「前みたいに湖ごと氷漬けにできるかな」
高温には低温。ワームは寒さに弱そうだし、周囲を燃やしているのも暖をとるためかも知れないとフレイシアは考えた。何より、一度成功した実績がある。
今回の相手はかなりの巨体だ。うねうねとあちこちに曲がりくねる身体は一本一本が前回のグリリヴィルほど長く、それが七本も好き勝手に動き回っている。全身を凍らせるのは至難の業だ。どこかに攻撃を絞る必要がある。
それぞれの身体を辿った先、おそらく水中にあると思しき身体の束なるところを狙う。動きを封じれば、そこからいくらでも手は打てるはずだ。
「ケリー、ちょっと下がれる?」
「コッコッ!」
ケリーも暑そうにしているが、近づかなければこちらの魔術が当たらない。
高度を下げて敵に近づくにつれ、猛烈な熱が全身を襲ってくる。まるで顔の前で焚き火をされているようだ。息をすることすら苦しく、目や喉が焼け付きそうな思いだった。燃え盛る湖はもはや地獄にしか見えない。
フレイシアの接近に気づいたのだろう、ワームは身体から炎の粘液を噴出してきた。ケリーは巧みな動きで回避する。浴びたらおしまいだ。
まだ遠いものの、なんとか魔術の発動圏内に入った。これ以上の接近は身体が発火しかねないほどの熱さだ。
「ちょっと遠いけど――」
意識を集中。確かなイメージと共に、フレイシアの意志が精霊に呼びかける。
「凍れっ!」
周囲の温度が急激に低下する。空気が凍りつき、陽の光に煌めいた。湖面の炎がかき消えて、水面が白く凍てつく。ワームの動きが見るからに鈍くなり、鉄錆色の体表に霜が降りた。だが、そこまでだった。
このまま押しきれるかと思われた攻撃。しかし、周囲の温度はみるみるうちに上がり始める。氷は溶け、空気は揺らめき、ワームは再び炎の粘液をまき散らす。あっという間に灼熱地獄が呼び戻されてしまった。
「っ……! 一旦離れよう」
熱波に押し戻されるように、フレイシアはケリーと共に上空へと離脱した。
最接近できなかったことも要因であろうが、全力の魔術でも焼け石に水だったことにフレイシアは戦慄した。恐るべき火力である。
凍らせられないのなら、他にどうすればいいか。水や炎の魔法は効かなそうだから、雷を落とすか、風の魔法で切るか、土の魔法は……ここでは難しそうだ。選べる手段は多くない。
「今ので全力出しすぎたかな……」
体力的な限界も迫りつつあった。グリリヴィルと戦った時には一発でヘトヘトになるほどの消耗だった氷の魔法。今回も一撃に全力を注いだ結果、あまり余裕がなくなってしまったのだ。
同規模の魔術は困難。尚且つ、相手への最接近は難しい。一人で焦るフレイシアを尻目に、ワームは炎の軌跡を残しながら南へと進む。決断を迫られていた。
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