第26話 書店にて
よく晴れた日。フレイシアたちはいつものようにケリーに乗ってカナリーネストを訪れた。買い物のためだが、あまり頻繁に湖を離れるのはよくないので、基本はまとめ買いになる。こうして街へ出る日は子供たちにとってちょっとしたイベントだ。
「なかなか慣れないね。マイナは」
やはりケリーに酔ったマイナを見て、フレイシアは言った。マイナにとって、街へ出る日は必ずしも楽しいイベントとは言い難いかもしれない。
「こ、これでも最初よりは良くなってきましたよ……」
ノイルに背中を擦られながら、真っ青な顔で訴えるマイナであった。しばらくマイナの体調の回復を待って、買い物に取りかかることにした。慣れるまでは、まだ時間がかかりそうだ。
マイナが酔った他はトラブルもなく、順調に保存食などの消耗品を買い揃えたフレイシアたち。帰る前に街の書店へ寄ることにした。
「マイナは前の本、読み終わっちゃったでしょ。買ってあげるから、新しいの選んできなよ」
「いいんですか? ありがとうございます」
「ノイルも欲しいのがあれば買うよ」
「やった! 探してくるね!」
立ち並ぶ本棚の間に消えていく二人を見送ったフレイシアは、自分も目当ての本を探すことにした。
*
ノイルは児童文学の並ぶ棚を眺めながら歩いていた。マイナが読むような難しい本はよくわからない。それに、挿絵が多いものが華やかで好きだ。マイナが読む本にはあまり挿絵がないので、ノイルは隣で見ていていつも感心してしまう。
ノイルは一冊の本に目を引かれて立ち止まる。青い表紙の児童文学だった。言葉を話す鳥に導かれた女の子が不思議な世界を旅する冒険物語らしい。
「これにしようかな」
挿絵もたくさんあるようだし、表紙の絵も賑やかで可愛い。あまり分厚くないし、内容も面白そうに思える。ノイルでも楽しく読めそうだ。
本を手に取ってフレイシアの所へ戻ろうとした時、すぐ近くでパタンと何かが倒れるような音がした。振り向くと、女の人が一人立っていた。腰まで伸ばした綺麗な金髪と、砂糖のように白い肌、そして冬の雪雲のような灰色の瞳が目に入る。その人は身分の高いお嬢様が着るようなワンピースのドレスを着て、生地の透ける上品なショールを肩にかけていた。まるで絵本の中から出てきたお姫さまのような服だとノイルは思った。
その女の人はマイナとほとんど同じくらいの歳に見えた。しかし、足腰を悪くしているのだろうか、木の杖をついて腰を緩く曲げて立っている姿は弱々しくて、おばあさんのようにも見えてしまう。
ふと見ると、女の人の足下には本が一冊落ちていた。位置からして、きっと彼女が落としたのだろう。どうやらさっきの物音は、本が床に当たった音のようだった。
「あら、ごめんなさい」
女の人はそう言うと、小さく咳き込んだ。綺麗ではあるが少し掠れた声だった。表情にもどことなく疲れのようなものを感じた。杖のこともあるし、何か病気があるのかも知れない。
ノイルはしゃがみこむと、すぐに本を拾い上げる。何か難しい魔術に関する本のようだった。
「はい、どうぞ!」
「ありがとう。あなたは親切な人ね」
「どういたしまして」
女の人は手を差し出して、ノイルから本を受け取った。その時、ふと触れた手は冬の朝の金物スプーンのようにひんやりとしていて、ノイルは少し驚いた。
「本当にありがとうね。ふふ……」
そう言って上品に微笑むと、女の人はノイルに背を向けて店の出口へと歩き始めた。
遠ざかるその背を見送っていると、ノイルの視界が突然霞んた。
「あ、あれ……? あれ……?」
手で目を擦っても治らない。滲み、ぼやけてゆく視界の中で、女の人がこちらを振り返ったように見えた。
これまで経験したことのない急激な目眩がして、ノイルはその場に倒れた。
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