第25話 仇敵を沈めた者(3)

 壮絶な話に、フレイシアはしばらく返事が出来なかった。何と言えばよいのか分からなかったからだ。

 寡黙で無愛想な店主の裏には、筆舌に尽くしがたい過去があった。


「その、何と言えばいいのか……」

「畏まらないでくれ。俺は礼を言いたいんだ。娘の仇をとってくれたこと、感謝している。たとえ、あんたの意図したことでなくてもな。何より、同じ目に遭う子供はもういない。それが本当の救いだし、娘も望んだことだろう」

「ノイルに話しかけられた時に様子がおかしかったのはそのせいですか?」

「バレてたか? 一瞬だが、メリヤと重ねちまった。あんたが守り神は倒したなんて言い残して帰ったせいだ」

「それはすみませんでした」

「自分でケリをつけられなかったのは残念だが、まあいいだろう」


 店主は暗い雰囲気を誤魔化すかのように、不器用な笑みを浮かべた。そして、再び巨人の肉塊を手の上で転がしながら言う。


「こうして滅んだ化け物を見て、ようやく俺の中で何かが終わった気がするよ」

 店主はおもむろに立ち上がると、肉塊を湖面に向けて放り投げた。

「永遠にここで寝てな」


 小さな水音と波紋を残して、肉塊は水底に消えた。


          *


 小舟はゆっくりと岸に向かって戻ってゆく。道すがら、フレイシアは何となく気になっていたことを尋ねてみた。


「そういえば、メリヤさんを連れて行った当時の町長さんやその仲間のことはよかったんですか? その、別に仕返しすべきとか言うつもりはないんですけど」

「仕返ししなかったなんて言ったか?」

「うっ……」


 一瞬だけ店主の顔に影が差したように見えたが、すぐに元通りになって言った。


「冗談だ。キツめに問い詰めはしたがな。結局、あいつらも何者かの指示通りに動かされてるだけの駒に過ぎなかった。絞めたって何も解決しないどころか、無駄に犠牲が増えるだけだ。だからこそ、俺は守り神そのものを倒したかった。相手がどこの誰であれ、守り神自体が消えれば生け贄の仕組みは崩壊だからな」


 実際のところ、その通りだ。現在まで生け贄の仕組みを維持してきた者が誰かは分からないが、フレイシアが守り神を倒してしまったので仕組みの土台が崩れてしまっている。隠匿された黒幕を掘り起こすよりも手っ取り早くて分かりやすい方法だろう。不死戦争時代の魔術兵器を倒せる者が現れるなど、敵も想定外だったに違いない。


「今まで仕組みを維持していた者の正体が気にならないかと言えば嘘になるが、今から突き止めて何が出来るわけでもない。しかも、生け贄の始まりは遙か昔の話だ。ただ昔の習慣を引き継いできただけのヤツをとっちめても、仕方がないしな」

「それもそうですね」


 やがて、小舟は静かに接岸した。フレイシアたちが小舟から下りると、マイナとノイルが寄ってきた。


「よう」

「こ、こんにちは……」

「こんにちは!」


 店主は二人と短い挨拶を交わす。もう娘と重ねて見るような寂しい目はしていなかった。ただ、ぶっきらぼうで愛想が悪いだけの良い店主だった。


「俺はもう帰る。また用があれば来い」

「上得意様価格を期待してますよ」

「考えといてやる」


 フレイシアの冗談に軽い答えを返して背を向けた店主に、ノイルが声をかけた。


「おじさん、お名前教えて!」


 店主はハッとしたようにノイルの方を振り返り、ややあって小さな笑みを浮かべた後、答えてくれた。


「デリックだ。覚えといてくれ」

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