第24話 仇敵を沈めた者(2)

「娘さんを? まさか生け贄、ですか……?」

「ああ、もう四十年以上も前の話だがな。俺にとっては昨日のように思い出せる、忌まわしい出来事だよ。あんたは生け贄の話をどこで知った?」

「こいつを倒してからです。マイナとノイル……あの二人から聞きました」

「なるほどな。ホーンランドの中では有名な話なんだが、帝国ではそうでもないということか」

「耳を疑いましたよ。でも実物を見せられましたからね」


 フレイシアは率直な感想を述べた。にわかには信じられない話だったし、実際のところ話だけ聞いても信じなかっただろう。しかし、現物と戦った後ならば話は別だ。人命を燃料とする死霊術が維持されていることそのものが生け贄の証明なのだから。


「俺も話だけなら信じなかったし、今でもそういう奴らは多いだろう。昔から伝わる、有名で不気味な伝説ってところだ。子供が消える話だって、山で獣にでも襲われたとか、迷子になったとか、そんなもんだと思ってたさ。だが、身近で本当に子供が消えて初めて知ることになる」

「私は孤児院から子供がとられると聞きましたが」


 マイナたちから聞いた、北の街へ貰われるという子供の話。決して返ってこないという手紙。子供たちが脈々と受け継いできた不気味な話だ。


「そういう例が多いようだ。身寄りの無い子供が消えて気にする奴は少ないからな。知ってるヤツは知ってるが、そいつらがいくら周りに話しても無関係な奴らが聞けば与太話さ。広がるのは、まことしやかな噂話ばかりだ」


 フレイシアは街で聞いた世間話を思い出した。事情を知っていたフレイシアだからこそリアリティを伴って感じられた話だったが、無関係であれば右から左へ流れていたことだろう。

 店主はフレイシアの腕に着けられた魔物探知機を見た。


「それ、娘のために作ったと言ったろ。急ごしらえで」

「ええ」

「そいつは俺の抵抗の証だ」


 店主は空を仰いで目を瞑った。何かを堪えるようにして黙っていたが、やがてフレイシアに向き直って、ゆっくりと話し始めた。


          *


 娘の名前はメリヤと言う。

 当時、既に家内に先立たれていた俺は、あの店を娘と二人で切り盛りしていた。子供ながらに、よく仕事を手伝ってくれる娘でな。大いに助かっていた。

 愛想の良い子でな。接客ではほとんどメリヤに頼りきりだったよ。分かるだろう? あの頃の店はもっと華やいでいた。


 ある時、うちに当時の町長が来た。メリヤが十二歳になったばかりの頃だったな。メリヤを生け贄に差し出せと言われたのはその時さ。なんでも、生け贄の条件に合う子供が、うちの娘だったらしい。俺は耳を疑ったよ。そんなものは与太話だとずっと思っていたからな。

 話が冗談でないと分かったから、当然断った。奴らは最終期限だけを一方的に告げて帰っていったが、また来ることは分かりきっていた。


 期日までに出来ることは限られていた。

 とにかく逃げることを第一に考えたが、奴らがそれを警戒しないわけもないと考えてな、守り神とやらが追ってきた場合に備えて大急ぎで作ったのが、その魔物探知機だ。当時は守り神の正体が何か知らなかったが、魔術的な力を持つ何者かには違いないはずだと考えたからな。


 結果として俺たちは捕まった。奴らが港に張っていないわけがなかった。

 メリヤは縛り上げられて小舟に乗せられ、湖へと流された。岸で押さえつけられていた俺は情けなくも、それを見ていることしか出来なかった。

 俺の手にあった魔物探知機が禍々しく濁った紫に光ったかと思うと、湖からヤツが現れた。


 あんたも見た通りだ。腐った、おぞましい、屍肉の捨て場から湧いてきたかのような巨人の化け物。馬鹿でかい腕が小舟ごとメリヤを握って、地獄の入り口みたいな口の中に放り込みやがった。メリヤの喉から出たとは信じられない悲鳴が聞こえて、あいつが顎を閉じると、すぐに途切れた。


 化け物は食事を終えた後、そのまま水に沈んだ。ことが終わった奴らは俺を放して、さっさと退散していったよ。俺はそのまましばらく動けなかったが、ようやく僅かな気力を振り絞って湖に入った。もう助かるわけがないのにな。そのまま一晩中浅瀬を這いつくばってようやく見つけたのは、奴がこぼしたのか知らんが、娘が身につけていた魔物探知機の子機だ。何の役にも立たなかったが。

 結局、それだけを持って、俺はとぼとぼと家に帰った。それで終わりだ。


          *


 話を終えた店主は大きくため息をついてから、最後に付け加えた。


「死霊術を学び始めたのはそれからだ。死霊術を打ち倒すには、やはり死霊術だろう? 俺は復讐のためだけに生きてきたんだ」

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