第23話 仇敵を沈めた者(1)
「こんにちは。何か御用ですか?」
フレイシアは起き上がって店主に話しかけた。魔物の素材を売りに行った時に住まいの場所は伝えてあるし、見たい物があれば来てくれて構わないとも言ってある。何か用事があるのだろう。
「ああ、ちょっとな」
店主は湖をしばらく眺めてから、再びフレイシアに向き直った。
「守り神を倒したという話、もう少し詳しく聞きたくてな。今いいか?」
「もちろん。でも、そうですね……実際に見た方が分かりやすいかもしれません」
少し思案した末、フレイシアはそう答えた。店主は守り神が死霊術絡みであることについて、何か知っている様子だった。現物を見せた方が話が早いだろう。
マイナたちをその場に残し、フレイシアは店主を伴って小舟に乗り込んだ。守り神の残骸を沈めてある場所まで出るためだ。今は魔物の反応もないし、そんなに沖に捨ててはいないので特に危険は無いだろう。
フレイシアが魔術で水流を操ると、小舟はゆっくりと進み始めた。
「器用なものだな」
「精霊術は専門なんです。乗り心地はどうですか?」
「快適だ。世界で二番目を名乗るだけのことはあるな」
店主は湖面を見つめたまま答えた。どこまで本気か分からないが、素直な反応だった。
やがて小舟は目的の場所周辺に辿り着いた。何の変哲も無い水面が広がっているが、この下には守り神の残骸が沈められたまま眠っている。
「着きました。この辺りですね」
「そのようだな」
見れば、店主は何か小さな品物を手に持って、それを確認していた。それは一見すると方位磁針のような道具で、今は針がクルクルと止めどなく回転を続けていた。
「それは?」
「あんたに売った魔物探知機と似たような物だ。ただし、こいつは死霊術特化型だが」
「へえ……。そんな物まで作れるなんて、死霊術にもお詳しいんですね」
「まあな。必死で勉強したからな」
そう言うと、店主は自嘲気味に笑った。
フレイシアは意外に思った。死霊術を積極的に勉強する者は少ない。それは死霊術が法で禁じられていないホーンランドでもさほど変わりはないはずだ。
魔術には様々な種類があるが、その中でも一番に挙げられるのが精霊術だ。ほとんどの魔術師が最初にこれを学ぶし、フレイシアも例に倣って精霊術を極めてきた。火や水や風や土、あらゆる自然の力を操る精霊術。実際の所、精霊術を使えれば日常を便利にすることから魔物との戦闘まで、あらゆることが出来るので、この選択は合理的だ。
強力で汎用的な精霊術に対して、死霊術にできることは限定的だ。フレイシアのように興味本位が特に昂ぶった場合はともかく、不気味で背徳的なイメージが強い死霊術を敢えて学ぼうとする人間は稀だ。死霊術を本気で志す者は、止むに止まれずとか、倫理に反してでも叶えたい何らかの望みを持つ者が多い。
例えば、老いずに生き続けたい。例えば、死別した誰かともう一度会いたい。例えば、邪な力を持ってしてでも打ち倒さなければならない相手がいる。
「見せてくれ」
店主は道具を仕舞うと、フレイシアの方を向いて頼んだ。
フレイシアは頷いてから水中の奥深くへと意識を向ける。未だに燻っている死霊術の気配を掴むと、水を操って引き揚げる。やがて、握り拳大の塊が浮かび上がってきた。術を強制的に止められて石灰化した巨人の肉塊だ。フレイシアはそれを拾い上げると、店主へと差し出した。
店主はそれを受け取ると、手の上で転がしながら全体を検分してから言った。
「間違いない。本当に倒したんだな」
「正確には術を無理矢理止めただけですけど、何もしなければ動き出すことはないはずです」
フレイシアは簡単な説明をしてから尋ねる。
「これについて何か知っているんですか? いくら死霊術を勉強していても、実物を見たことがなければ分からなかったと思うんですけど」
店主はしばらく肉塊を見たまま黙っていたが、やがて大きな溜息をついた後、フレイシアを見ながら答えた。
「知っているさ。こいつは俺の目の前で、俺の娘を食った化け物だからな」
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