第22話 スローライフも楽じゃない

 グリリヴィルを倒して三日が経った。今のところ次の魔物は襲来していない。湖に阻まれているという地形的な障壁も、人里を守る上で充分役に立っているようだ。ここまで来るためには、泳ぐか空を飛ぶしかないだろう。


 平和な午後。フレイシアは湖畔で釣り糸を垂れていた。

 魔物さえいなければとても静かで豊かな湖だ。今日は風もほとんどなく、波の無い湖は鏡面のようになって青い空と雄大な山々を映している。最強のロケーションだ。

 危険な北の地に近い上に、生け贄を食う守り神がいるとされる場所。ホーンランドの人間にとってはなるべく近寄りたくない土地であるため、漁に来るものもいない。絶景を前に、巨大な湖を完全に独り占めだった。


「釣れない」


 誰ともなしに言うと、隣で本を読んでいたマイナが顔を上げた。


「魚も魔術で捕れないんですか?」

「まあ、やろうと思えばできるけどさ、それってなんか違くない……?」


 湖水に向けて雷の魔術でも落とせば電気ショック漁法で乱獲できそうな気がするが、フレイシアは別に漁師になりたいわけではないのだ。

 フレイシアは釣りを趣味としていないし、やり方もよく知らない。目の前に大きな湖があったから見様見真似で手を出してみただけで、暇を潰せるなら他のことでも構わなかった。


「今日の晩ご飯ですぐに魚が要る! ってなればそれもいいけど、今は暇つぶししたいだけなんだよね。なんか面白いことないかなあ」


 釣り竿を放り出し、仰向けに寝転がる。少し離れたところではノイルとケリーがボール遊びに興じていた。楽しそうだが、フレイシアが混ざるような遊びでもなかった。


「読み終わった本でよければ貸しましょうか?」

「あー……恋愛小説だっけ? ごめん、興味ないや。帝都でちょっと流行ったのは知ってるんだけど」

「そうですか。面白いんですけどね」


 マイナは本を閉じると、寝転がったフレイシアの顔を見下ろしながら言った。


「フレイシアさんは何か決まった趣味とかあるんですか? 帝国にいた時はどんなことをしてたのか知りたいです」

「んー、どうだったかなあ。休日は街で美味しいお菓子を食べ歩いたり、演劇を観に行ったり、賭場で遊んだり、魔術対決を挑んできたヤツをぶっ飛ばしたり、こっそり死霊術を研究したり……そんな感じかな。とりあえず街に出れば、やることはその都度見つかる感じだったかも。人も多かったし、遊び相手も常に誰かいたからなあ」

「一部はともかく……ちょっとここでは難しいですね。街に出るというと、ここならカナリーネストでしょうか。きっと帝都と比べたら小さなものでしょうけど」


 生活物資を揃えるならばカナリーネストは申し分ない街だ。食料品から衣料品、雑貨、書店、さらには魔術道具店まである。しかし、遊び歩くことが出来るかというと、微妙なところだ。良いお店もあるにはあるが、帝都とは単に規模が違いすぎる。ホーンランド最大の街であるグルベッドまで行けたら違うのだろうが、それは難しい。


「グルベッドはもっと大きな街だけど、あそこまで行くと急ぎで戻って来られないんだよね」


 フレイシアは左腕にある魔物探知機を見る。北から来る魔物を探知してくれる優れものだ。これがあるお陰でフレイシアは一日中湖を監視しなくても良いのだが、あまりにもここから離れたらいざというときに間に合わなくなってしまう。ケリーを全速力で飛ばせば間に合うカナリーネスト付近が限界だろう。

 マイナやノイルはここでも楽しく過ごしているし、自分が贅沢を言っているだけだ。早く慣れなければならない。


「しょうがない。このまま昼寝しよう」

「おやすみなさい」


 柔らかい草の絨毯に転がったまま目を閉じたところで、顔の上に影が降った。

 再び目を開けると、上から覗き込むノイルとケリーがいた。


「どうした?」

「お客さん来てるよ」


 ノイルの声に身を起こす。少し離れたところからこちらを見ていたのは、魔術道具店の店主であった。

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