第20話 生贄は要らないが、金は要る

 激闘の翌日、フレイシアは再びケリーに乗ってカナリーネストを訪れた。ノイルは旅行気分で大喜びしたが、マイナは顔を青くして留守番したがった。ケリーに乗りたくない気持ちは分かるが、あんな魔物が来るかもしれない場所に一人残すのも怖いので連れていくことにした。


 その後、街についたフレイシアたちが真っ先に向かったのは、前回も世話になった魔術道具屋である。商品の質は良いのに前回も今回も賑わう様子がさっぱり見られないのは店主の態度故か。

 扉を押し開けると、気持ちの良いベルの音とやる気の感じられない店主の挨拶が出迎えた。これも前回と同じである。


「いらっしゃい」

「どうも、この前ぶりです」

「あんたか」

「はい、また来ましたよ」


 店主はチラリとフレイシアを見た後、また手元の新聞に目を落として読み始めた。愛想の無さは分かっているので、構わず話を続けることにする。


「この前買ったランプは早速活躍してますよ」

「部屋明るくなったよ!」

「はい。火のランプよりも本が読みやすいです」


 各々が商品の感想を述べる。また素っ気ない返事が返ってくるかと思いきや、店主は何故かノイルの方を向いて、そのまま黙ってしまった。ややあって、店主は再び新聞に目を戻したが、さっきと違って努力して視線を引き剥がしたかのように見えた。その顔に一瞬だけ悲しみのようなものが感じられたのはフレイシアの気のせいだろうか。


「そうかい」


 口調だけは素っ気なく言う。若干気になる点はあったが、フレイシアは早々に本題へ入ることにした。


「こっちも大活躍でした」


 フレイシアが差し出した左腕には魔物探知機が付けられている。今は周囲に強い魔物の気配がないので、光はぼんやりとしたものだった。


「お陰で大物も倒せましたし、やっぱり良い買い物しましたよ」


 フレイシアの話に少しは興味が湧いたのか、店主は顔を上げてフレイシアの方を見た。


「この前も言ってたな。北の魔物対策だとか、守り神は倒しただとか」

「言いましたね。詳しく聞きたいですか?」

「……」


 その沈黙を勝手に肯定と捉え、フレイシアは話を続けることにした。


「ご存知かも知れませんけど、この国の守り神って人間の生け贄を食べていたらしいんですよ。私は新参者なので詳しい事情はまだ分かりませんが、この子たちが実際に食べられかけてるところに居合わせたので、咄嗟に助けに入ってしまいまして」


 店主はマイナとノイルを見た。明らかに驚愕の混ざった視線だ。再びフレイシアへと視線を戻した時にもその驚きの色は残っていた。


「余所者の私が言うのもなんですが、生け贄って言うのはやっぱり気持ちの良いものではないですよね。そもそも守り神はもう倒してしまいましたし。そうすると、北からやってくる魔物はどうすればいいのかってことになりまして。当面は守り神の代わりに私が魔物をやっつけることにしたんです」

「そんなバカな、信じられん……」

「これを見て欲しいです」


 フレイシアは持ってきた物を取り出して店主に見せた。大きな牙と上質な毛皮の一部、そして剥がれた鱗だ。先日討伐したグリリヴィルから採取した物だった。


「世にも珍しい、古代魔獣グリリヴィルの一部です。北の地域から湖を泳いで来たので、私が倒しました。あなたは腕の良い魔術道具職人のようですし、これが一般に出回っているような物でないことは分かってもらえると思います」


 店主は目の前に並べられた品々を食い入るように見つめ、唸り声を上げる。絶滅種の素材だ。にわかには信じられないであろうが、安易に偽物と決めつけるほど貧弱な眼の持ち主ではないはずだ。


「信じられなければ実際に見に来ていただいても構いません。私たちは湖畔の砦跡地に残っていた塔に住んでいますから。ただ、今少し問題があってですね。このまま湖を守り続けるにはどうしてもお金が要るんです。私は子供を食べたりしませんが、やっぱり食事は必要なので」


 ようやく魔物の素材から目を上げた店主に、フレイシアはようやく話の核心を伝える。


「これから倒す魔物の素材を買い取ってくれませんか? 買い取ってくれそうな人を紹介してくれるだけでも構いません。あなたを腕の良い魔術道具職人と見込んでのお願いです」

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