第17話 グリリヴィル(2)
敵は水上から尻尾での攻撃を繰り返してくる。ケリーはひらりひらりと器用に攻撃を避けながら、つかず離れずの距離を旋回し続けている。
フレイシアは敵の動きをよく観察しながら、再び攻撃を仕掛ける。数多の火球を投げつけるかのように敵の頭部へ殺到させた。合わせるように湖面から水球が浮かび上がる。グリリヴィルが放った水の魔術は的確な狙いでフレイシアの火球を撃墜。ついでとばかりにフレイシアめがけて水球が飛んできたが、ケリーは危なげない動きで回避した。
敵は尻尾の直接攻撃と水の魔術を主体としている。空から攻撃できるフレイシアのほうが圧倒的に有利な位置にいるが、半端な魔術ではいつまでも敵の守りを破れないだろう。
「それなら……」
念じると、フレイシアの指先に紫電が宿る。パチパチと空気の弾ける音が響き、雷の力が満ちてゆく。眼下では魔物も攻撃の気配を察知したようだ。しかし、対処などさせない。
「これは避けられないでしょうっ!」
フレイシアは鋭く魔物を指差した。
青天の下、魔術の雷が轟音と共に湖面に落ちる。電撃は水を伝わり、湖の広域を駆け巡った。周囲には感電した魚が浮かび上がってきて、その威力を物語る。
雷の魔術はグリリヴィルの全身も容赦なく襲った。苦悶の表情と共に鳴き声を上げる魔物に、フレイシアは確かな手応えを感じた。
「よし! このまま、もう一発」
フレイシアは二発目の構えをとるが、敵も馬鹿ではない。グリリヴィルは潜水して、湖深くにその身を隠した。しかし、雷ならば狙いが正確でなくとも、水を通して攻撃出来る。フレイシアはそのまま水面めがけて連続で雷を落とした。
「浮いてこないね」
浮かんで来るのは感電した魚ばかり。魔物に魔術が当たっているのか確認ができなかった。あまりに離れたり深くに潜っていれば届いていないかもしれない。
「逃げた……? でも潜ったまま進まれたら厄介だね。ケリー、下がって確認しよう」
指示を受けてゆっくりと降下するケリー。フレイシアは水面を注意深く確認してゆく。その時、背後で大きな水音がした。
驚き振り返って目にしたのは噴き上がる水柱、そしてこちらに飛びかかるグリリヴィルだった。大きく開かれた顎に鋭い牙が光る。狩人の目はフレイシアを見定めていた。
「やば――」
ケリーは急上昇をしようとしたが、間に合わなかった。グリリヴィルの牙はケリーの左翼を噛み千切って水面へと落下していった。フレイシアも衝撃に吹き飛ばされ、ケリーと離れて落ちてゆく。当然、片翼のケリーも飛べはしない。悲痛な鳴き声の後に、何かが水にぶつかる音がした。
痛みと衝撃に意識が遠くなりそうだった。水を吸った服が重くまとわりつく。水にぼやける視界は全てが水に満たされていた。水面から差し込む光が頭上に揺らめいているばかりで、底も果ても全く見えない。僅かな光と闇ばかりの水中を、恐るべき化け物が悠々と泳いでいた。長大な蛇の下半身が幾重にもフレイシアを取り囲み、獲物を閉じ込める檻のようだった。この状況では火の魔術も風の魔術も使えず、雷の魔術は自分も巻き込むだろう。
凶暴な狐の胴体が水をかき分けて迫ってくる。開かれたグリリヴィルの顎はフレイシアの身長よりも大きい。為す術の無いフレイシアに牙が突き立てられようとした、その時。黒い影が矢のように現れ、グリリヴィルの目を突いた。
不意打ちに悶える敵の隙を突き、黒い影はフレイシアのところまで泳いでくると、その力強い嘴でフレイシアの服を掴んで水面へと飛び出した。
「ケリー!」
頼もしい相棒が「コッコッ」と答えた。
「傷は……治ったね」
食いちぎられたケリーの翼はほぼ元通りだ。死霊術によって維持されているケリーにとって、肉体的な損壊は大きな問題にならない。術の規模こそ違えど、守り神であった屍の巨人と基本原理は同じだ。フレイシアの術が有効である限り、ケリーは本質的に不滅である。
一時の危機は過ぎた。しかし、まだ事態は何も解決していない。フレイシアたちの下には今もグリリヴィルがおり、今にも体勢を整えて襲いかかってくるだろう。
「ケリー飛べる?」
水鳥でないケリーには水面からの飛翔は難しそうだったが、風の魔術で助けを加えるとジタバタした末に何とか飛び上がることが出来た。
眼下にはあと一歩のところで獲物を逃したグリリヴィルが口惜しそうにフレイシアたちを見上げていた。しかし、こちらもこのまま逃げたりはしない。やられた分はキッチリ返してやるつもりだった。
フレイシアは敵を見据え、再び魔術の構えに入った。
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