第13話 魔物探知機

 その後、ノイルたちが気に入った魔術ランプをいくつか選んできたので、それと一緒に魔物探知機も会計に出した。


「……あいよ」


 店主は代金を受け取った後、商品を紙袋に詰めてくれた。ランプが割れないように綿を詰めてくれる気配りがありがたい。話し方とは違い、手元の作業には丁寧さが見える。フレイシアはそこに職人気質を感じた。

 店主は作業をしながらフレイシアに尋ねた。


「あんたこの街の魔術師じゃないだろう。この街にいる魔術師は少ないし、大体顔見知りだからな。グルベッドか?」

「いえ、帝国です」

「帝国……?」


 店主は手を止め、肩のケリーに訝しげな視線を向ける。ケリーの正体を見抜いている目だ。さすが腕の良い魔術道具屋なだけあるとフレイシアは思った。


「ええ、ご承知の通り、帝国は死霊術禁止ですよ。だから移住して来たんです。これから常連になるかもなので、どうぞよろしく」

「そういうことか」

「そういえば、これ自分で使うために作ったってどういうことなんですか? 多分一人で使う道具じゃないですよね」

「まあな。子機は娘に持たせてたもんだ。だからサイズも当時の娘に合わせてある。あんたこそ、こんなもん何に使うんだ?」


 娘のお守りに使っていたのだろうか。店主は高齢のようだし、娘も既に充分な大人だろう。確かに用済みになっている歳かも知れない。フレイシアは一人納得しながら答える。


「北からの魔物対策に使おうかと」

「北? ホーンランドの北部地域か? だが、あそこは守り神が……」

「あー……、あれはもう当てになりませんよ。私が倒しちゃいましたから」

「なんだと?」


 フレイシアは商品が詰められた紙袋を受け取ると、呆気にとられたままの店主に会釈して店を出た。


          *


 再びマイナを空の旅に酔わせながら、フレイシアたちはケリーに乗って家に帰ってきた。大量の荷物を部屋に運び込んで、調度品を整えてゆく。

 二人の選んだランプはどれも品がよく、使い勝手がきちんと考えられていた。あまりにも奇抜な色の照明だったらどうしようかと思っていたフレイシアだったが、きちんと考慮されていて一安心だ。危ういチョイスをしていたノイルをマイナが上手に制御してくれたお陰らしいので、感謝せねばならない。


 さっそく灯された魔術ランプが部屋を明るく照らす。これを各部屋に置けば、夜が来ても安心だ。煌びやかなランプたちを見ながら、マイナが言った。


「フレイシアさんも魔術道具を自分で作れたりするんですか?」

「簡単なやつなら出来るけど、こんな売り物レベルは無理かな。道具に魔術を組み込むのは専門の特殊技能だからね」


 本来ならば行使するのに高い意思の制御と知識が必要となるのが魔術だ。それを修行していない一般人でもある程度使えるよう、道具に組み込むのが魔術道具職人である。並の魔術師よりも要求される知識は多く、この商品の質の高さは店主の魔術知識の深さも物語っているのだ。

 フレイシアは紙袋から魔物探知機を取り出しながら言う。


「だから掘り出し物を見つけられて良かった。これは絶対使えるよ」

「何に使うの?」

「子機の方を湖に仕掛けて、魔物が来たら分かるようにしておこうかなと思って」


 もう魔物の襲来を防ぐ守り神はいない。フレイシア自身がここを守る要になるわけだが、一日中湖を監視していることはできない。探知機は渡りに船だった。


 フレイシアは一人でケリーに乗ると、湖の沖まで飛んで出た。街までの買い物で日は落ちかけており、空は薄く紫がかってきていた。

 良い感じの小島を見つけ、ケリーと共に降り立つ。南北に長い湖の、ちょうどくびれになっている部分に陣取っている小島だ。両サイドは高く急斜面の谷になっており、湖を通って南へ向かうならば確実に島へ接近する位置にある。

 木の根元に小さな穴を掘ると、布に包んだ魔物探知機の子機を隠すように置いた。親機はフレイシアの左腕に付けられている。湖を南下する魔物があればこれが光って知らせてくれるだろう。


「これはケリーに反応してるっぽいね」


 親機のブレスレットが紫色に明滅している。同じように、穴の底にある子機からも布越しに光が見て取れた。空を飛ばすために大きくしたから、魔術の気配が強まったのだろうか。きちんと動作しているようで安心だった。

 自分の名前を呼ばれたと思ったのか、ケリーが興味深そうに覗き込んできたので首を撫でてやった。


「大丈夫だよ。なんでもない」


 フレイシアは穴に土を戻して、子機をしっかりと埋めた。土に埋まっても親機が問題なく光っていることを確認する。


 作業を終えて立ち上がると、北の方から不気味な吠え声が風に乗って響いてきた。以前に聞いた時よりも近い分、大きく聞こえた気がする。同じ魔物だろうか。北の地域は魔物だらけらしいので、声が似ているだけの違う魔物かもしれない。迫る夕闇と湖のモヤに遮られ、遠く対岸は見ることが出来ない。


 北の魔物たちは守り神がいなくなったことに気づいただろうか。不気味な死の気配が消え去った今、湖の南は柔らかくて弱くて食べ頃の肉ばかりが暮らす最上の狩り場だ。だが、守り神があんな過去の遺物だけだったと思われては困る。南へ来ようとする魔物がいたならば、凄腕の魔術師が新たな要職に就いたと知らしめてやらなければならない。

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